何を食べたかで人生が変わる  

毎日こころ豊かに グルテン・カゼインフリー 米粉・大豆粉・オートミールに助けられて生きている

誕生日にバースデーケーキは要らない🎂 ケーキじゃなくてもいいんだ!

★我が家には我が家のスタイル

先月に続き今月は次女の誕生日

2ヶ月連続でお祝いが続く

イヤイヤ・・・来月はクリスマス🎄

その次は大晦日にお正月

主人と父は1月生まれ

私と母が2月生まれ

 

10月から毎月イベントがあることが

正直めんどくさい

私的には全然楽しくない

 

我が家は誕生日は家族だけでお祝い

基本ちょっと気合いの入った手料理とケーキを用意

そして娘達が欲しがっているおもちゃをプレゼントしてきた

 

これが私にはいつもちょっとしたストレスになる

娘の誕生日とは言え

いつも私一人で準備する

お祝いの料理のメニューにバースデーケーキの手配

それがしんどかった

 

残念だが去年までは主人もあまり手伝ってはくれなかった

というより主人は結婚する前

主人の実家ではあまり誕生日のお祝いというものをしてこなかった

誕生日だからケーキを食べるということもなかったよう

 

これは習慣の違いで主人はプレゼントには興味あるが

食事やバースデーケーキにはこだわりはなかった

 

でも私の実家ではお祝いするのが当たり前で

子どもの頃は母が食事を作らなかったので外食だったが

みんなでお祝いしケーキを食べるのが

私の両親の習慣だった

 

そこでこの実家の習慣に

プチ完璧主義者の私は

行き詰まってしまうわけだ

 

みんなが満足してくれる誕生日

みんなが喜んでくれて思い出に残るような誕生日

そんな風に義務感を感じ

考え込んでします

 

この考えが自分の首を絞めることを知っているのに

手放したいのに手放せなかった

自分からは言えなかった

 

一人で考えることは辛いんだよ

行事&イベントがある度にしんどくなっていくんだよ

そんな気持ちを言ってはいけないと思っていた

 

でも最近はイヤなことはイヤで

やりたくないことはやりたくないと言えるようになった

 

誕生日が嫌いなんじゃない

お祝いが嫌いなんじゃない

一人であれこれ考えるのがイヤなんだ

一人でモヤモヤして一人でイライラしているのがイヤなんだ

そして『助けて』って言えない自分が嫌いなんだ

 

料理にしても

娘達が好きなもの

主人が好きなもの

両親が好きなもの

あっちを立てればこっちが立たず

だからいつもみんなが喜ぶものをちりばめて作っていた

 

すると結構な品数を作ることになる

それが疲れる

そして一人でイライラしてる

 

イライラの理由は至ってシンプル

”やりたくない”とも”手伝ってよ”とも言えない

そしてそれが言えないから

みんなに察してもらいたい

『そんなことしなくていいよ』

って言ってもらいたい

そう心で叫んでる

誰か私の”べき思考”を止めてくれ

 

でも先月の長女の誕生日のお祝いからちょっと変わった

かなり簡単に楽して楽しむようになれた

 

娘達も大きくなり

私の抱え込む思考を説明

主人と同様娘達も理解してくれた

そしてみんなで考えてくれた

 

長女の誕生日には

母は精神疾患のため病院の中にいた

父は病院へお見舞いに出向いていた

 

よって今年は珍しく家族4人だけで長女のお祝いをした

穏やかで過ごしやすかった

 

長女は誕生日だからといって

これと言って食べたいものはないという

だからがんばらなくていいよ

そう言ってくれた

 

そしてバースデーケーキも要らないと言う

最近は甘いお菓子をあまり食べなくなった

だからそんなに食べたいと思わないよとも教えてくれた

 

2年前はグルテンカゼインフリーのバースデーケーキを

近所のケーキ屋さんで注文して頂いていた

でも残念なことに正直毎回仕上がりが違う

 

3度利用してこのクオリティなら私でも作れるじゃん

と思ってしまい

利用するのをやめた

そして去年は私が自家製のバースデーケーキを作った

だから今年も私のケーキかなと思っていた

 

それでも日頃からおやつにケーキを作って食べることが普通だったので

もう飽きてしまったよう

ケーキ自体を要らないという

 

これは私にとってとっても

ラッキーだった

張り切らなくていい

がんばらなくていい

あれこれ考えなくていい

 

誕生日の料理

誕生日のケーキ

誕生日のプレゼント

 

今年は全面的に考えることをやめた

誕生日に食べたいもの

誕生日に欲しいプレゼント

お祝いされる本人に考えてもらった

それが一番だった

 

長女の欲しいプレゼントは漫画だった

今も毎日飽きもせず読んでいる

私も楽しませてもらっている

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

そしてバースデーケーキの代わりにオーダーされたのが

フルーツポンチ🍊

なんでフルーツポンチなのかは分からないが

ナタデココ入りのフルーツポンチが食べたいと言う

 

だから久しぶりに缶詰を用意した

みかん、白桃、チェリー、パイナップル

そしてナタデココ三ツ矢サイダー

汁なしのフルーツをボールに入れ

みんなでとりわけ

サイダーを注いでお祝いした🎉

 

缶詰のシロップは我が家には甘過ぎ

なんだか勿体ないけど処分

サイダーの甘さで十分満足だった

 

なんだこんなんで良かったんだ

今までなんであんなにがんばってたんだろう

当の主役はさほど食べる量も少ないのに

いつも沢山の料理に豪勢なケーキ

なんであんなにも用意しなくてはいけなかったんだろう

誰のご機嫌を取っていたんだろうと

笑えてきた🤣

 

そうここでも出てきたのは父

父が満足する、父が納得する

父のご機嫌を取るために私はがんばっていた

娘の喜ぶ顔が見たくて腕を振るっていたわけではない

 

本当いつもいつも邪魔な父

本当いつもいつも私の頭に侵入してくる

 

でもこれからは違う

もう侵入させない

 

主人にも娘達にもちゃんと言える

出来ないことやりたくないこと

これなら出来るし、こういうことはやりたい

良いことも悪いことも全て言える

 

そして父には全面的にNOを言う

言えないときは逃げる

そうすることにした

 

とっても簡単だ

これだけのことで心が軽くなり自由になった

 

次女の誕生日には次女が作りたいものを

家族みんなで作った

前回好評だったマッシュポテトフライ

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これをもう一度、量を増やして作ることに

今回も次女が仕切って作る

どうも次女は仕切るのがお好きなようで

今回もめんどくさがらず進んで取り組んでくれた

 

マッシュポテトフライと同時進行で

米粉の餃子の皮で作ったピザを4枚作った

これはほとんどトッピングしか工程がないので

簡単に作れる

米粉餃子の皮で作ったピザ&マッシュポテトフライ

米粉の皮なのでふちはカリッカリッ

中央はもちもち

 

我が家のピザと言ったらこれ☝

簡単で娘達にお任せ


そして最後にケーキの代わりのフルーツポンチ🍊

今回も中身はほとんど同じ

11月はイチゴが出回る

次女の大好きなイチゴ

ちょうど運良くお店に並んでいたので購入

我が家はこれで十分

幸せ❤

 

同じ料理が続いている気がしたけど

娘達はこれが食べたいそうなのでお構いなし

なんでも気にするのは私だけのようで

肝心の主役の娘達が喜んでいるんだから

これでいいんだ

 

今までずっと親にベクトルが向いてた

それを気づかせてもらった私は運がいい🎶

 

今までは自分が育ってきた親の価値観が

私の中に自分でも気付かないほど根強くはびこっていた

 

でもこれからは私と主人と娘達の

家族の価値観を大切に生活しよう

 

今までと違ってイイ

世間とも違ってイイ

私達が居心地のイイと思う基準を大切に

我が家の価値観を作ろう!

 

さて12月のクリスマスはどうしよう・・・

もう考えたくないので

娘達と一緒に考えよう

 

喜んでもらいたい相手は娘達

そこだけは忘れないようにしないとね

 

でも無理はしない

我慢もしない

娘達にも自己犠牲しないし、させない

 

親の価値観=潜在意識

私には大きな足かせとなっている

 

この潜在意識の書き換えがどうやら必要らしい・・・

ふるさと納税でアレルゲンフリーを応援する📢

ふるさと納税でアレルゲンフリー生産者を応援したい

旅行先で見つけたアレルゲンフリーのアイス

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

我が家はまだ『ふるさと納税』初心者

去年、利用をスタートしたばかり

 

テレビCMでよく耳にしていたが

新しいことをする時はどうしても億劫になりがち

 

我が家は税金に関しては本当に無頓着だった

主人は仕事をしてお金を得ることは出来るが

お金を増やすこと守るとことにはさほど興味がなかった

 

特別沢山のお金が欲しいという欲もなければ

無駄に浪費する癖もない

だから特別がんばらなくても生活出来ていた

 

それが3年前に転職をしたことがきっかけで

・家族との関係

・働くことの意味

・時間の使い方

・お金の価値

・資産運用など

いろんなことを考えるようになり

興味を示すようになった

 

正直ちょっと細かくなりめんどくさい時もあるが

我が家の大切なお金に意識を向けるてくれることは

今まで一人でお金の管理をしていた私からすると

心強い

 

退職して無職の間に

いろんなことを考えられる時間が出来た

お金で見直したのは

我が家の家計全般

・固定費

変動費

医療保険

・生命保険

・車の税金

そして今回のふるさと納税

 

忙しい時はそんなこと一ミリも考えなかった

単純に無職になり

いつ再就職できるか分からなかったので

大黒柱の主人は我が家のお金事情が気になり

どうやりくりすれば良いのかと

今まで関与していない領域に踏み込んできた

 

働いているときは家のことにはまったくNOタッチ

一月の支出も知らない人

それで特別困っていなかったので

私も気にしていなかった

 

でも単純に時間があり

いろんなことに意識が向いた

その時税金についても調べて

ふるさと納税の仕組みも学んだ

 

私の両親はふるさと納税に対して良いイメージがない

理由はよくわからないが

親が嫌っているものは娘の私も避ける傾向にあった

よって我が家にはふるさと納税をする習慣がなかった

 

親の価値観が根強かった私

父が良くないと言うものには基本触れない

だからふるさと納税の仕組み自体を理解しようともせず

いつものように思考はストップされていた

 

今思えば親の価値観はいろんなところで

知らず知らずのうちに広まっている

そしてブレーキをかけている

何か新しいことをするとき

何か不安になったりブレーキがかかりそうなときは

親の価値観が邪魔をしてないか

考えるようになった

 

本当はどうなの?

何がいけないの?

そして

それ自分の頭で考えた?

自分で調べた?

常に自問自答が必要

 

ちなみにふるさと納税

自治体への寄付

 

この寄付した金額の自己負担額2,000円を除いた金額が

税金の控除の対象となり家計の助けとなる

 

一体これの何がいけなかったんだろう?

よくわからない

 

寄付することで返礼品が頂けて

所得税の還付に住民税の控除が受けられる

これは大きい

家計の助けになる

 

やらなきゃ損!じゃないか

というより

主人が一生懸命働いて稼いだお金

知らず知らずのうちに

搾取されてばかりではいけない

 

親族の中ではあまり利用されていないが

友人や主人の職場の人達は

普通に利用していた

これは年代の差かもしれない

 

とりあえず

単純にやるかやらないか

行動するか行動しないかの違いなんだと知った

 

ふるさと納税のシステムは

確定申告をしない我が家の場合は思ったより簡単

 

寄付限度額をシミュレーションして金額をはじき出し

その金額よりオーバーしないように返礼品を探し

注文するだけ

 

あとはワンストップ特例制度を利用するため

自治体から送られてくる書類を返送する

たったこれだけ

 

どこから利用してもやり方を丁寧に教えてくれるから

迷うことも少ない

去年は初めてだったからドキドキしたけど

今年は2回目なので

返礼品を選ぶ楽しみを味わえた

 

今回は旅行で見つけたアレルゲンフリーのアイス

もうこのアイスを見つけたときから決めていた

それが思いのほか注文してすぐに届いた

興奮した😍

本当うれしい!

相変わらずほんのり優しいパッケージ

癒やされる

 

返礼品を選ぶ基準

・日頃高価でなかなか買えない物

・嗜好品

そしてグルテンカゼインフリーの食品

ここが一番重要でここだけは外せない

 

もちろん自分達が食べられるものっていうことも大切なんだけど

これらの食品を生産してくれている生産者さんに

感謝したかった

そして応援したかった

 

グルテンカゼインフリー食品は

作るのに低コストが難しいのかあまり生産されていない

 

また使われている素材・品質が良いためか

自然と価格が上がる

 

そしてアレルゲンフリーとアピールするためか

購入者も少ないため普通のお店にはなかなか出回らない

 

我が家の収入では価格が高いとなかなか頻繁には購入しづらい

でもこういった機会には気にせずお金を使ってしまう私

自分達へのご褒美と生産者さんへの感謝と応援の意味で

我が家はふるさと納税を利用する

 

普段の生活では出会えない商品も沢山あり

返礼品選びは結構楽しい

この中でも私の宝探しは炸裂する

 

さて前回旅行先では味わえなかったアイスを

今回は頂くことに🍨

ブルーベリーと梅味

ブルーベリーはちょっと味が物足りない感じ

冷凍のブルーベリーをよく食べる私は至って普通だけど

次女は味がしないと文句を述べていた

 

梅味はさっぱりとスッキリとした青梅

これも次女はいまいち

私と主人は美味しいの一言

私の口にはバッチリでした

 

問題がイチゴ味

次女が大のイチゴ好き

だから一番に選んだ

でもこれもベリーと同様

味が薄いかな・・・

そして里芋のざらざら感が少しあり憤慨してた

 

旅行先では抹茶とマンゴー味を食べた

その時は里芋感は全くなかった

味によってはちょっと里芋感が出るよう

でもせっかくのアイスを無駄にするわけにもいかないので

自家製の甘酸っぱいイチゴジャムをトッピングして

頂きました

みんな好みがあるからね

里芋ベースと思えばこういうものかなとも思える😌

というより里芋を使ってアイスを作る発想が素敵★

感動的!

 

今回アイスを2ケース注文した

なんという贅沢!

 

みんなに食べてもらいたいという思い

いろんな人に伝わって欲しい

そして家族みんなで食べれたことがうれしかった

生産者のみなさん、ありがとうございます😊

ごちそうさまです

 

ふるさと納税 私は好き!

みんなで生産者 自治体を自分の出来ることで応援する

 

来年も応援に行きます!

嫌いな言葉『生きてるだけで丸儲け』 人生を妥協するために使わないで欲しい

★私の嫌いな言葉『生きてるだけで丸儲け』

父はよく母のことを受け入れるためにこの言葉を唱える

半ば無理矢理自分に言い聞かせている

そして精神疾患の母を受け入れさせるため

家族にもそう言い聞かせていた

 

私はこの言葉が大っ嫌い

 

母には何を言っても無理

病気だから

精神疾患だから

可愛そうな人なんだ

 

いつもここで思考はストップされ

生きているだけで十分なんだからと

頭の中で折り合いをつける父

 

そうやって病気を盾にし

母に対して何も出来ないと諦めモードで生きている父

そんな父自身を無理矢理肯定するかのように

無理矢理受け入れているかのように発するこの言葉が嫌い

 

『生きているだけで丸儲け』

使い方が違うような気がしてならない

 

母には諦めモードなのに

娘である私には違う

『生きているだけで丸儲け』とは言わない

なぜ?

なぜ母に対しては言うのに

母以外の人に対しては言わないんだ

 

私には

出来ることは出来て当たり前

人様が普通に出来ていることは私も出来て当たり前

そして

次から次へと出来ない母の代わりを補填させるように

母の代わりを押しつける

 

もちろん子どもの頃は何も出来ないので

母の代わりを押しつけることはなかった

だから家の中は荒れ放題で汚かったし

普通の家庭環境ではなかった

 

それが今は私も母親となり家事全般をなんとかこなすようになった

すると母という役割を母の分まで求めらるようになっていった

 

父は仕事でも出来ない人には仕事を振らない

出来るか出来ないかの不安を背負うことが出来ず

自分で全てやってしまう

 

周りからすれば何でもやってくれる父は

楽で頼りになる存在かもしれない

でもたぶん周りの人は成長できない

 

挑戦する機会を与えられず

いつまで経っても成長できないため

いつまでも無能扱いされる

 

この考えは家庭の中にも存在する

出来る人が出来ることをする

家の中では常に私と父で物事が決まっていき回っていく

そしていつも

出来る人が出来ない人の分まで働き

私と父が疲弊していた

それが当たり前

 

出来ない人に優しくサポートし

出来るように誘導することもない

できないならやらなくていい

出来る奴やれる奴が全てやる

外でも家でも基本そんな感じ

 

家庭の中ぐらい出来ないこと自体を手放せば良い

そんな大事になることもない

だけどいつだって私はやれる子

だからやれる私がやれない母の倍以上の仕事をする

その考えが普通に染みつき苦しかった

 

いつも私ばっかり

なんで私ばっかり

ずるい・・・

 

母は寝てばかりで大して動きもしない

動いたかと思えばストレス発散の買い物

欲しい物を欲しいだけ注文し取り寄せる

以前は買い物症候群だったので

躁状態の時は購買意欲がすさまじい

 

必要のないものまで必要になる理由を並べて

買ってしまう

そんな勝手な生き方

自己中な生き方で生活していて

鬱状態に入れ替わると

『生きているだけで丸儲け』と擁護される

 

なんとも馬鹿げてる

そんな親が自分の親かと思うと腹立たしい

 

この状態で共依存の関係にいる両親は

どうあがいても抜け出せない

 

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この両親の元で私はいつのまにか

やれることをやらないと

がんばれることを普通にがんばらないと

存在価値がないかのように感じるようになり

いつもがんばっていることが当たり前

普通だった

 

母のように出来ない人というレッテルを貼られると

不安の塊になり何もやらせてもらえない

するとがんばらなくても良い状態に堕落する

 

それがいいとは思わないが

母はなんやかんや擁護されるのに

娘の私は擁護されない

できなければ怒られるだけ

 

がんばらないこと

努力しないこと

それらは普通にあってはならない

 

幼少期からの親の対応で

私は常にがんばることが当たり前で

がんばらないと罪悪感がうまれる

 

これはとっても疲れる生き方で

常に走り続けなければいけない

でも実際は何度も止まったりして休憩していた

 

よくよく考えれば立ち止まったり

休憩していた頃は

大学生から結婚するまでの間

その間が一番自分らしく自由だった

 

結婚して家を出たのに

なんでか同居する流れで戻ってきてしまい

また親の支配下に自分から潜り込んでしまった

当時は自分が両親との間に愛着障害共依存関係があり

根っこでそのことが自分を苦しめていたとは思いもしなかった

仕方ないと言えば仕方ない

 

そして私が戻ると

父が母に要求していたことが

だんだんと私に要求するようになり

次第に私が母の居場所を奪っていった

 

そして母の代わりをこなす度に

私は自分の価値が上がっていくことを知った

 

要するに共依存の関係が強化されていった

母の代わりを担い、面倒をみることによって

両親に必要とされる親思いの自分を評価し

これに浸ってしまうわけだ

 

父に『おまえのおかげで家が綺麗だ』

『毎日あたたかいご飯が食べられている』

『おまえがいるからこの家は安心だ』

そう言われるたびに

私ってがんばってる、えらいでしょ

っていう感情もあれば

素直に喜べず、イラつく感情も出てくる

 

本当にそう思ってる?

本当に感謝してる?

おだててるだけ?

持ち上げて母の代わりをさせようとしているだけ?

そんな風にひねくれ捉えることも多かった

 

父に感謝の言葉をかけられる度に

主人に素直に喜べない気持ち

なんだかイライラする気持ちを

吐き出していた

 

主人曰く

心の底から感謝しているようには見えないから

素直に受け取れないんじゃないかな

きっと目に見えない感情が伝わってきちゃうんだね

 

きっとそうなんだ

どこか裏があり

見返りを求められている気がして

もっともっと要求される気がしてならない

だからイラついてざわざわしてしまう

 

そしてもっとがんばらなければいけないと駆り立てられ

単純にしんどくなる

 

長年一緒にいて洗脳されてきた

いつも見えない言葉を受け取っていた

 

でもこれが父だけではなく

次第に母からの感謝も受け止められなくなっていった

 

自分達が見捨てられるのが不安で

媚びを売っているように見えて仕方ない

両親からの言葉は何を言われても

耳を塞ぎたくなってしまう

だから聞こえないふりをする

 

残念だが今は現在と過去が入り乱れた状態で

私の中に両親が二人ずつ存在している

 

本人達は今現在は何もしていないと思うかも知れないが

過去にいろんな出来事がありいろんな影響を受けてきた

その感情が今フラッシュバックしている私には

今だけを見ることができない

 

『生きているだけで丸儲け』

この言葉は自分で自分に発する言葉

もしくは我が子に発する言葉

 

生きているだけで素晴らしい

生きているだけで価値がある

どんなことが起きても

きっと生きてさえいればなんとかなるよね

そんな風に前向きに現実に向き合うための言葉だと思う

そしてそうあって欲しい

 

生きていること以外はおまけなんだ

生きているだけですごいことなんだと感じたいのは

自分と我が子だけで十分だ

 

私は自分の両親にこの言葉は発したくない

なぜなら両親が生きていることに私は責任は負えない

そして負いたくない

 

自分の命は自分で背負う

誰かが背負ってくれるものでもない

我が子の命さへ親は完全には背負えきれない

だから娘達にも

自分を一番に

自分を一番に愛していいんだ

大切にするんだと伝えたい

 

残念だがこの意識がこの決意が両親には欠けている

そう感じずにはいられない

 

価値観の違う他者とは一緒にはいたくない

価値観は常に変化し変わって良い

 

合わないなら合う人を探そう

親子でも価値観が違って当たり前

親子だからといって一緒にいなきゃいけない理由もない

 

がんばることに支配されていた私は

娘達にもがんばることを強要していた

 

だから今は私はがんばることをやめた

娘達にもがんばることをやめさせた

『今までごめんね、何も自分の心で考えずに生きてきてごめんね』

『これからは共にお互いの心で考えて生きていこうね』

それだけは強く言いたかった

 

きっかけがないと人は現在地を見返さない

価値観のズレが心地よくないなら

見つめ直すチャンスなんだ

 

だから私は父がよく口にする

『生きてるだけで丸儲け』という言葉

この言葉は受け入れられない

 

人生を妥協するすための言葉としては使わないで欲しい

そしてその言葉の意図を私に強要しないでいただきたい

なぜなら私は『そうは思わない』から

 

『生きているだけで丸儲け』

きっと笑顔で笑って言う使い方が一番しっくりくる

私もいつか笑ってガハハって大きな口を開けて

笑いながら言いたい🤣

夫婦・親子の間に自然と身についてしまった共依存関係 

★私と両親は共依存関係

依存』

他のものによって成立、存在すること

共依存

面倒をみ続けることにより

相手に必要とされることを自己評価の拠り所とし

その関係に過剰に依存すること

 

この言葉冷たくてきつい

そして怖い

でもとても大切で私の中では大きな存在だと気付いた

 

私はこの言葉の意味を知り

自分と両親がこの関係性で生きてきたことを自覚

そしてみんなが幸せな状態ではなかったことを実感した

 

この共依存関係を教えてくれたのは娘達

自分では気づけなかった

そして考えもしなかったこと

 

娘達の成長と共に

大きな変化が必要な時期に入った

娘達は私にきっかけを与えているとは思ってはいないが・・・

私が自分らしく本当の意味の人生を歩めるよう

導いてくれている(現在進行形)

 

私も思春期&反抗期をしっかり迎え両親に気づかせてあげていれば

今が変わっていたかも知れない

まぁ今更悔やんだとてどうにもならないし

あの頃はそれどころではなかった

 

今私は両親から自立する時で

両親も子離れして自分たちで自立していく時

ようやくそういう時期に入ったと

そう思ってる

 

私には家族がいて主人も娘達もいる

さすがにもう自立しなくては

この先違った側面から支障が出ないともかぎらない

健全な家族の在り方を目指そう

 

私だって娘達と同じ

自分で決めれば実行出来る

まぁすでにホイホイと決めて実行している

 

両親との共依存関係は私一人だけ解消してもあまり意味がない

なぜなら私だけではなく

母と父の二人の間にも共依存関係が成立しているからだ

 

みんなが幸せになるためにはおのおのが自覚し

覚悟を決め、おのおのが自立する必要がある

 

他人は変えられない

だから私はあえて何も言わない

いくら私が現状の原因を説明しても

どんなに学んだことから間違っていることを説明しても

理解されない

 

自分の親とはそんなもんだ

必ず反発してくる

そして親の考えに戻そうとしてくる

実際何度も反発され

何度も父の価値観に引き戻されそうになった

 

その度自分の考えを見直し学び直し

家族で話し合い自分の価値観を取り戻す作業を繰り返した

 

おかげで私の価値観はより強化され

さらに両親とは価値観が合わなくなった

波長が気が合わないのだから離れていく

これを悪いこと寂しいことと思っているうちは

変われないし良くもならない

 

何度も私達3人は共依存関係の中にいて

お互いに足の引っ張り合いをしている

だから依存関係を断ち切らないといけない

そしてそんな生活生き方は

イヤだと主張している私

 

それでも父は依存関係にあると理解しながらも

家族は共存していかなければ生きていけないと弱音しか吐かず

前向きに今の状況を捉えようとしないので

話にならなかった

 

だから私はもう何も言わないと決めた

 

主人にも何も言っても変わろうとしないから

話さない方がいいとアドバイスされ

愚痴も聞かないと決めた

 

自分の大切なエネルギーを両親に吸い取られるくらいなら

関わらないことが一番だと腹をくくるしかなかった

 

思春期の子どもが親と話さない

避ける行為に及ぶ理由を

私は今身をもって体感している

 

どこまで行っても大好きな親

だからどこかで悲しませたくない

喜ばせたいという思いが根っこに残っているんだろう

可愛そうかなと思わなくもない

 

だけど自分自身が一番自分を大切にしてあげなくてはいけない

その自分自身を守る行為が拒否や拒絶という形になる

これはもう仕方なかった

 

父は自立しようとしている私の邪魔をしてくる

ここで情けをかけると今までとなんら変わらない状態

それは今後娘達の成長の足かせにもなり得ないので

譲れなかった

 

自分だけのためだと思うとなかなか惰性で逃げてしまいそうだが

家族のため娘達のためと思えば

そんなに難しくはなかった

 

なんせ自立することは不安もあるが楽しい

自分で自分の生き方を選べるっていう感覚は

思っているより気持ちが良かった

 

それに私が両親から離れて勝手に自立してしまえば

それでおしまい

幼い子どもとは違い

両親がいなくても問題なく生きていける

生き残るための戦略として自我を押し殺すことはもう必要ない

 

こんな風に考えていると

両親の何もかもがイヤになってくる

 

私が一方的に無視をしているため

娘達や主人に世間話や相談事を持ちかける父

これがたまらなくムカつく

 

主人も娘達も私の大切な家族

近寄らないで欲しい

話さないで欲しい

私から大切な家族を奪わないで欲しい

そんな感情になることも多かった

 

ストレスでホルモンが崩れているのかな

思春期のように特別理由もなく

イライラしてる?

 

でもそれはやっぱりホルモンではなく

価値観の違う私達家族に依存されるという恐怖からくる感情

それにこのイライラは両親以外には起こらない

原因はやっぱり両親だ

 

今までは家族だから家族で助け合う

でも自己犠牲の中の考えが強く

これに違和感を感じ価値観がズレた今

もう私は何もしたくない

 

今までの自分の性格や価値観

それを生み出してきた両親への怒り

そして可能性や挑戦を潰されてきたという苛立ち

なんだか理不尽な感情も入り交じっているような気もするが

両親の何もかもがイヤ

 

もうこんな娘になっている以上

私を当てにした生き方はごめんだ

 

だから今までとは違う生活スタイル

二人で出来る範囲内の生活の仕方を考え工夫し

夫婦で協力する必要があることを理解して欲しかった

 

私達も家族4人で出来る生活をする

親に依存しない生活をする

もうそれがお互いに一番大切なんだと感じた

 

母は今まですぐに何でもかんでも私を頼った

頼み事が常に私へ伝えられる

でも今はその全てを拒否している

 

母の頼み事は父でも出来る

でも父には頼みにくい

頼んでも自分の指示通りに事を進めてくれるか不安

だから何でも素直に言われたとおり動く私にお声がかかる

 

でもこの関係がよくなかった

要するに母と父が上手くいかない

その穴埋めを娘の私が補う

これが悪循環を招いていた

 

子どもが母親に喜んでもらいたい

母親の為になっているそう思ってきたからやってきた

でもこれは母と父の関係を取り持つことでも何でもなかった

溝を深くしていくだけだった

 

この行動が二人の仲を

母の精神疾患からの立ち直りを妨げていると知った

そしたらもう母の頼み事に協力することは出来なかった

 

今まで母の為にと手を差し伸べていた

でもそれは母が変わる努力をしなくても良い状態を

私が自分で作り上げていたことになる

 

父と母は互いに愛着障害を抱え成長し

その状態を理解しないまま結婚

 

愛着障害で心におっきな穴を作り

その穴をお互いがパートナーに穴埋めさせようとし

共依存の関係になっていった

 

そこへ母は父へのストレスのはけ口に娘の私に依存した

ここで精神疾患のかわいそうな母を守ろうとする私との間にも

依存関係が生まれた

私と両親の共依存関係


共依存者は相手から依存されることに

無意識に自己の存在価値を見いだす

 

要するに可愛そうな母の為に娘の私が父から守ってあげる

何も出来ない母のために私は自分のやりたいこと

家族を後回しにして母を優先させ世話を焼く

 

ここでやっかいなのが

世話をしている代わりに母をコントロール

私の望む行動を取らせることで

私自身の心の平穏を保とうとする性質があるということ

 

なんだか難しいが

世話をしているんだからその見返りに

私の思うように行動しなさいと

母に要求していることになる

 

これ自体は私自身自覚がなかった

でも父も私と同じ共依存者なので父を見ているとよく分かる

 

父は母の世話をして愛情をかけて自分の存在価値を見つけ依存している

そしてその愛情という名で母を支配しコントロールする

自分の理想とする妻の姿を強要し強制するが

それに答えてもらえないと怒りが爆発し憤慨する

 

献身的な行為や精神的な面も含めたコントロールを繰り返すため

私達はお互いに『共依存』の関係から抜け出せない

 

依存者の母がパートナーの父に依存

またパートナーの父も依存者の母のケアに依存しているため

この関係が維持され長年ずっと続いている

 

父は一見献身的で自己犠牲的な行為をしてはいるんだが

実際には依存者である母の回復をする活動を拒み

自立する機会を奪っていることになる

 

母が自立すれば父の存在意味がなくなる

それが怖くて父ががいないと母は生きていけない

その状態を好んで作り出しているというわけ

 

人を世話する、介護することの愛情が依存となり

この愛情を使って人を支配するという

なんとも恐ろしい構図

 

これが知らず知らずの内に形成されており

私も愛情・支援という名の依存状態にあった

 

だから3人共がこの共依存関係を卒業しなければいけない

本当の幸せ

自分の生き方を手にしたいのであれば

今の関係に終始を打つべきなんだ

お小遣いは定額!もっと欲しい時はお手伝いをして稼ぐ👛

★娘達は欲しいものと財布の中身とを天秤にかけお手伝いをする

我が家の娘達には毎月決まった額のお小遣いを渡している

以前は欲しいものを何でも買い与えていた

それが特別悪いと考えているわけではなく

単純に何に使うかをジャッジする親の思考が邪魔くさいと考え

お小遣い制にしている

 

欲しいものに対してジャッジされることは

本当に気分が悪い

それを私自身がよく分かっている

 

だから何も言わせないために

何も言わないために

お金の使い方に口出ししないとこに決めている

 

長女は中学生なので2000円

次女は小学生なので1000円

必要なものは変わらず買い与え

お小遣いは自分たちの自由に使っていいというルール

 

基本お小遣いの使い道は

自分の食べたいお菓子だったり

好きなもの、欲しいものを買う

そして最近はゲームの課金にも使うようになった

 

毎月渡すお小遣いでは足らないと感じる時は

家の手伝いをしてお金を稼いでいる

 

長女のお手伝いはお風呂掃除

そして家族の洗濯物を干すこと

 

お風呂はたまっているお湯を抜き

浴槽を洗い、お風呂にお湯をためる

これで一回50円

 

洗濯は洗濯機に洗濯物を入れスイッチを押し

洗濯物が洗い終わったら外へ干す

そして洗濯物が乾いたら取り込み片付ける

これで一回50円

 

一応洗濯の一通りの作業は出来るようになった

と言うことは私が倒れた時には長女が代わりに洗濯をすることが出来る

これは心強い😆

 

不思議と機械の扱いはすぐに覚えてくれる

いつもスマホipadを使いこなしているおかげで

機械音痴じゃないのがありがたい

 

長女は毎日お風呂掃除はしてくれるが

洗濯は自分の欲しいものと財布の中のお金と相談して

やるかやらないかを決めている

 

以前はこのやったりやらなかったりで困っていた

私が期待していてそれが外れると単純に仕事が増えるので

イラッとしたりして文句を言ってしまっていた

 

当てにして段取りを組んでいたりすると

がっかり感が半端ないので

長女がやりたいときにやるというスタンスということに決めて

当てにしないようにしている

 

手伝ってくれたときはラッキーと思うぐらいにした

または前日にやるかやらないかを決めてもらったり

やりたいときは前もって教えて欲しいと伝え

精神的にお互いに負担にならないようにしている

 

前回は漫画が欲しくて一生懸命洗濯のお手伝いを自分から

取りかかってくれていた

でも今全巻コンプリートしているため

お金を貯める、お金を得るための目標がない

だから今はなかなか手伝ってもらえない

 

正直私は楽できていたので残念

洗濯は難しい仕事じゃないけど手伝ってもらえると

時間的にも気持ち的にも余裕が生まれてとても助かる

 

また欲しいものが見つかった時

お金が欲しいなと言い出す時を密かに待っている

 

次女は洗い物を好んで手伝ってくれる

一回に洗える量が少ないので一回25円とちょっと低い

 

でもここを長女と同じ一回50円にするとなんだか不公平感が出るので

一回25円で一日に2回まではお手伝いをしてもいいとなっている

 

沢山の洗い物があるとげんなりして放棄したり

少なすぎるとちょっとお小遣いをあげるには妥当ではないような

なかなか調整がいまいち上手くいかず

気分屋の次女は本当にやったりやらなかったり

これもなかなか当てには出来ず

次女の場合もやりたいときはあらかじめ申し出てくださいと伝えている

 

二人とも自分で決めたときはほとんど実行してくれる

だからここでもやる気になるまでじっと待つしかない

 

しかし娘達のお小遣いの設定は本当難しい

次女は長女と同じ内容のお手伝いをやってはみたものの

楽しくない

つまんないという理由ですぐにやめてしまう

なかなか出来ることが見つからなかった

 

無理してやらせるんではなくて

自分からやりたいと思えるお手伝いを探すのに時間がかかった

だから次女はお手伝いでお金を稼ぐのはまだスタートしたばかり

 

それでもお手伝いカレンダー見て

今どれくらいお金が貯まっているか計算したり

あとどれくらいお金が必要だからと

自分で考えてお手伝いに取り組んでいる

 

長女のお風呂洗いはもうルーティンになっているので

時間が来たら作業に取りかかり

頭で考えることでもない

 

でもルーティンになるまでは

何度も何度もこちらから声をかけて

なかば下手に出ておだてながらお願いしながら取り組んでもらった

時もあった

 

時にはもういいです

自分でやった方が早いですと感じることも多々あった

 

でもいつも頭をよぎるのが

私が倒れても衣食住がなんとか回せるくらいの生活力

身につけておいて損はない

だから出来てくれるとうれしい

そんな思いがあった

 

まぁ今はピンピンしていて風邪すら引かなくなり

あんまりその必要性はなくなりつつあるが

いつかは自立して家を出て行ってもらいたいので

生活力だけは身につけさせたい

 

今は私の時間の為にもおのおの手伝えることは手伝って

私に自分時間をくださいとお願いしている

 

娘達に干渉しないためにも自分時間を持ち

自分の楽しみを持つことが必要

そのためには私が抱えている仕事を少しずつ振り分ける必要がある

それは私だけが楽をするわけではなく

みんなが心地よく暮らすための工夫だと説明した

 

娘達はお小遣い欲しさ

私は時間欲しさにお互いが協力している状態

 

それでも3人とも一番が自分

自分を一番大事にする

これだけは忘れないように心がけている

 

お金が欲しいだから手伝う

これはOK!

でも手伝わないとママが可愛そう

大変そうだから手伝う

これはNG!

 

自分のやりたいことを我慢してまで手伝わなくていい

家庭の中で自己犠牲ってなんだか大げさな気もする

でも私は子どもの頃から自己犠牲が当たり前の世界で育ってきた

 

子どもの頃の習慣は大人になったからと言って

簡単に変えられるものじゃない

いざ外の世界へ出たからと言って自己犠牲が当たり前の習慣では

外の世界でも自己犠牲がベースの上、生きてしまう

 

まずは小さな社会、家庭で自己犠牲にならない生き方

ありのままの自分=自己愛を身につけてもらいたい

 

お手伝いしたいときもあればしたくないときもある

出来るときもあれば出来ないときもある

どんな自分でも責められない

そんな時もありよねって

みんながおおらかに生きたい

 

この感覚を身につけるのは娘達だけじゃない

私も同じように自己犠牲にならないように気をつける

 

子は親を真似る

だから自己犠牲の子に育てないためにも

私が自己犠牲をしない生き方をしなくてはいけない

 

がんばりすぎていないか

無理していないか

怠けてる気がするときもあるけど

これでいいんだと半ば強制的に考えている

 

自己犠牲=わがままと思いがちだが

ありのままの自分、ちょっと適当な自分を受け入れると

娘達が何をしていても

それがわがままな行為だとしても

そんな時もあるよねって受け流せるようになる

 

だってもう自分ばっかりという考えがなくなってきたから

そんなもんかもしれない

 

自分がだらだらしていたら

だらだらしている娘達に対して文句は言えない

言う気にもならない

 

わがままな自分を受け入れると案外簡単に他者のわがままを

受け入れられる

というよりなんとも思わなくなる

 

これ不思議な感覚!面白い!

思春期&反抗期 どちらも必要な事なので楽しんでいます😊

★我が家は母の私と娘達3人 思春期と反抗期の真っ最中

思春期・・・子どもから大人へ成長していくためのとっても大切な時期

親の言うことに黙って従って

親が良いとするものの中から選択していた状態から

一人の人間として自分という価値観が生まれ始める時期

 

そしてそれと同時に自立したいけどなかなかできなくて

できないことだらけで気力だけ失って

はたまた心や身体にいろんな変化が起き戸惑い

心と身体が追っつかなくなる時期

 

長女は自分の感情がなかなか分からない

それを表現することも得意ではないので

イライラまではないにせよ

モヤモヤ感の中今を生きている

 

次女は矛盾を感じるとイライラして当たる

それを言葉にして表現をするのは難しくはないけど

めんどくさいからとすぐに投げ出してしまう

 

二人とも思春期特有の雰囲気は出しつつも

私自身が反抗期真っ最中なので

あんまり気にならない

 

主人は反抗期の私の態度や様子を隣で見ている

そして私が感じる感情を沢山聞いて知っているためか

娘達の思春期特有の態度も俯瞰して見れている

 

そして私はこの反抗期を楽しんでいるため

思春期&反抗期が辛いとも大変とも思わない

まぁ当たり前と言えば当たり前

 

自分の気持ちを理解しそれを外に吐き出す

新たな新規開拓の域

娘達の違った側面も見れてこれはこれで面白い

そして主人はそんな私をそのまま受け止めてくれて

言いたいようにやりたいようにさせてくれている

 

自分のやりたいこと好きなことが見えてきている今

こんなに楽しい感覚はあまりない

絶対的な安心感の中で好きなように生きられる

こんな心地いいのは初めて

 

そんな時に娘達に干渉している暇はない

というのが現状である

 

また気にしても仕方ないことで時間の無駄

そんなこと気にする時間があるなら

ブロックで何か作りたい

そう考えるようになった

 

もう不登校になってこれ以上困ることってない

 

不登校自体は良くないかも知れないが

娘達の不登校にはちゃんと理由があり意味がある

その意味が本当に正しいかどうかなんて

数年先にしか分からないからジャッジしても仕方ない

 

それに今の学校教育が娘達にとって本当に必要不可欠かと考えれば

私の考えは”NO”

私は心の中で学校自体の存在を望んでいない

もう心の中でそう思っている以上

現実は変えられない

 

思考が現実になる

それなら今の現実は私が呼び寄せたもの

私の心の中で学校が不要だと思っている以上

現実で娘達に学校へ行くよう仕向けるのは無理がある

 

今の義務教育は昔からさほど変わっていない

みんなと同じことをみんなと同じように出来ること

それを良しとする小さな社会

同じことが出来て褒められ

出来ないと出来るようになるまで努力をさせられる

 

出来たらまた次にグレードアップしなければ

成長しなければ認められないし良しとされない

いつまで経っても頑張り続けなきゃいけない世界

 

この考えが嫌い

疲れる

少しは緩くなってきたかも知れないが

あまり変わっていない

そして親の私達の価値観の中にはこれが根強くあった

イヤだと思いながらも強要していた

 

今は”がんばらないこと”を良しとしている風潮があるにもかかわらず

私の周りにはその考えは浸透していない

そして家族という小さな社会になると全く理解されない

がんばらないこと=悪いこと

そう考えられていた

 

大きな社会、学校や会社の前に

小さな社会、家庭から見直す必要があった

 

そもそも数年前からいろんなことに気づき始めた私は

親の価値観に違和感を感じすでに動き出していた

 

私が両親との間に波長が合わなくなっていたにもかかわらず

家族だからと言う理由で無理に合わせていたから歪みが生まれた

 

娘達は学校という世界に違和感を感じそこに魅力を感じなくなっていた

だけど当たり前という概念で縛られていたにすぎない

 

学校が不要と感じている私にとって

心で望んでいたことが現実になっただけ

娘達がみんなと同じレールに乗らないことを選んでくれた

本当はその方が娘達にとっては良いと思っている

だから心の中では喜んでる

 

不登校なんて別に困らない

早くから離脱出来たことを

違う道を探しに行けることを

私は喜んでる

 

ただ”不登校”というレッテルは邪魔だなとは思う

別に悪いことでもないのになんだか悪いことをしている気にさせられる

とりあえず中学校を卒業するまでの辛抱かな

それまで家でぬくぬく生活し力を温存しといたらいい

 

そして義務教育から追い出されたらこの先実際にどうやっていこうかな

そこから自分の課題を見つけて進んでいけば良い

私は40歳を過ぎてようやく自分を見つけられた

遅かったが必要なことなんだ

 

そう考えると思春期とか反抗期って大した問題ではない

というよりこの時期のプロセスが必須なんだから

大いに思春期・反抗期を満喫したらいい

 

この時期を満喫した後に

さて自分はどうしたいのかなって考えれば良い

 

医療の発展でイヤでも長生き出来てしまう時代

そんなに焦らずに物事を進めなくても良いのかも

試行錯誤してのんびり進んだとてなんら問題はない気がしてきた

 

全てがいい経験で全てが生きている間の体験

焦って必要なプロセスを吹っ飛ばす方が勿体ない

そして後々面倒になる

今の私みたいに・・・

 

まぁ私も今反抗期を迎えているのにはちゃんと理由があり意味がある

これはこれでいい”OK”なんだ

 

ちなみに3人揃って今お風呂の順番を取り合っている

私は家族の入った後のお風呂には入れるが

父の入った後のお風呂には入りたくない

娘達は主人とじいちゃんの入った後のお風呂には入りたくない

まぁよくありがちな話

 

私は自分が中学生ぐらいの時に

友達が同じようなことを話していたことを思い出した

 

いわゆる父親への拒否反応

父親の入った後のお風呂に入るのがイヤ

父親の服と一緒に洗濯されることがイヤ

一緒に行動するのがイヤなど

私にはそういった感情がなかったので不思議だった

 

そんな風に思っては父が寂しがるし

だいたいイヤだと思っても

それを回避しようにも出来ない現実があった

その当時の我が家では物理的に無理があった

だから私はそういった感情がなかったんだと今は分かる

 

娘達は極端に主人を拒否しているわけではないが

少しずつ距離を取っていることは感じる

 

洗濯物でも主人の下着は触れない

主人の前では着替えられない

主人に直接口に出しては言わないが出来ないものが増えてきた

たぶん異性という概念が生まれてきたことで起こる行動

 

幸い今私自身が同じような感覚にいるので

お互いに共感しあっている

またそれも面白い

あ~それ分かる~なんて

言い合っている

 

3人で共感し合いながらどうすり抜けるかを考えてる

だから別になんとも思わないし

それに対して主人が可愛そうだとも思わない

それに主人も大して気にしない

 

そんなもんか~で終わってしまう

なんて心が広い人なんだろう

自分の父を想像すると絶対すねてしまう気がした

 

まぁ主人も別に娘達にかまってもらえなくても

私がいつも側にいるから寂しくないんだと思う

 

結局夫婦関係が全て

夫婦関係が安定していれば

むやみやたらに子どもに干渉したり

子どもに依存したりしない

 

子どもに干渉したり依存しなければ

子どもは勝手に自立していくと思う

 

まだ自立されてはいないので確かなことは分からない

でもきっと本人達のタイミングで思春期&反抗期を終え

自立していく

 

うん!それでいい!

どんな状態でもそれなりに楽しいこと見つけて

楽しんだ方が人生楽しい~

 

そういえば私大学卒業した頃は何でも出来る気がして

なんでも思うままにやってきた

 

それは親からだいぶ物理的に離れていたときで

やっぱり側にいない方がいろいろ挑戦できるし

なんでも出来る気がしてた

 

行動範囲も広くなっていろんなものに出会って

いろんな価値観に触れて楽しかった

今までとは違う価値観に触れて尊敬出来る人が沢山いた

そんなことを思い出した

 

娘達の前にもいろんな世界が広がるといいな

と思いつつも

そうやって行動してた時って

二十歳を超えていたな・・・

 

やっぱりまだ焦らずにぬくぬくさせておこう

焦りは禁物

本人が望んで動き出すまでは黙って見守ろう

孤独にならないと人は気付かない 孤独がチャンスになるか?!

★実は精神疾患の母 今年二回目の入院を終え退院する

平穏な日々が続いていた

でも長くは続かない・・・

 

7月に精神疾患の母が股関節を脱臼し入院

一月ほど股関節のリハビリと

精神疾患の治療のため医療機関にお世話になっていた

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

精神疾患の治療と言っても薬で症状を落ち着かせる程度

退院しても精神疾患は全く良くはならない

 

もう何度も入退院を経験済みなので

母が変わるとはないことをよく分かっている

そして医療機関のお世話になったところで

変われないことも分かっている

 

母が入院している間

父は極度の不安に襲われていた

でも私はその間に

『愛着の子育て』というとっておきの本と出会い

自分と母との関係

そして自分の脳の仕組み

 

脳の仕組みにより自分の性格・価値観

これらが形成される過程を理解し学んだ

よって痛くも痒くもなかった

 

どちらかと言えば母が家に居なくなって

スッキリしていた

ただ不安定な父が煩わしいぐらい

 

私は本当に清々しい気持ちで

もの事を前向きに捉えていたし捉えられていた

 

でも一ヶ月ぐらいしか入院させてもらえず

あっという間に返ってきた

 

退院した母に私はとても冷たかった

大人の反抗期である私は母になびかないためにも

一定の距離を置いていた

 

『愛着の子育て』を学んだ後ということもあり

やっぱり憎しみの感情も大きかった

 

母が歩んできた道は分かる

母が体験してきたであろう苦労も分からなくもない

でもだからといって私がぞんざいな扱いを受けることが

正当だとも思えないし

仕方ないとも思いたくない

 

私は私の経験・過去を受け入れることで精一杯

母の経験や過去までを受け入れる余裕はない

そしてその必要もない

 

憎しみの感情が沸いても

今はそういう時期なんだ

親を憎むことも別に悪くはないんだと思うようにしている

私が今そう感じているんだから

それが本音でそれでいいんだ

 

そう理解している私は

退院してきた母に特別に優しく接するなんてことはしなかった

自分の気持ちに正直に従っていただけ

 

母の精神疾患は父が原因だと思っていたが

原因はそれだけではない

本人が選んで精神疾患になっている

 

そしてそれを手助けしてきた父と私がいるから

母はいつまで経っても精神疾患というシールドを外さない

 

要するに私達3人は共依存関係

母が依存者

父と私が共依存

この関係を理解した私は

母との親子関係を心の中で切った

 

だからほぼ無関心の状態

無視に近い状態

そうでなくても親のことなんて一切考えたくない

視界にも入れたくないし

声も聞きたくない

 

物理的に離れられないなら

せめて心理的には離れよう

そう心に決めた

 

そんな私の態度に

母は大きな孤独を押しつけられたようなもの

退院して自室へ戻ったが

また以前と同じように引きこもり生活に戻っていった

 

退院してうれしいはずの父は

日常が自分の思ったように動いていないこと

母のために食事やら身の回りの世話をしているにもかかわらず

母が父に心を開かない

歩み寄ってきてくれないことに不満を募らせ

何度か爆発していた

 

母が帰ってきた家はやっぱりどこか居心地が悪い

ただ干渉しないと決めたので

私は至って平然と自分の生活を送っていた

 

娘達もたいして気にせず

変わりない生活を送っていた

 

でも父と母の中には相変わらず溝があり

入院している間に父は母をすごく心配し

大切にすると口走っていたのに

結局日常が戻ってきたらまた前のように戻ってしまった

 

母は退院して2週間ほどで精神状態が悪化し

かなり過敏な状態へ移行していった

 

娘達から見てもその原因は父にあると分かる

体も心も軽やかに動けない母が動くたびに父はイラついている

そのイライラが母に伝わり母は萎縮する

そしてさらに動きが鈍くなり過敏な状態が強化されていった

 

萎縮している母を見てまた父はイラつき

無言の圧をかける

いつもと同じ

負のスパイラルが始まった

 

次女は父には何でも言う

『じいちゃんの態度が悪いからばぁちゃんがビクビクしちゃう。

何も気にしなくて言いと言うなら何をしててもイラついちゃダメ』

とバシッと言ってくれた

 

本当その通り!

私が言うと言い返してくるが

孫からの言葉は強力だ

黙って聞いてくれる

とは言え感情は抑えられないよう

 

父は何でも心配して先回りして手を出してしまう

でもそれは母にとっては邪魔な行為

頼んでもいないことをやられ

押しつけられる

そして感謝を求められる

 

父的には満足しているが

母はそれをすんなり受け入れないため

父は自分ばかりが愛情を注いでいるのに

愛情が返ってこないことに不満を持つ

こんなことが結婚してからずっと続いている

 

いい加減お互いの関係を見直せよと言いたくなる

いい加減相手をコントロールするのをやめようよ

って言いたい

いつもこの繰り返しだ

もううんざり

 

以前は私が母側の味方みたいな存在だった

でも今は赤の他人のような空気のような存在

もう味方でも何でもない

 

愚痴も聞かないし話も一切しない

母は私に見放されたように感じ

拠り所を失った

そして父と二人の生活を不安に感じ

その不安がいっぱいになったんだろう

 

私が知る限りでは初の

リストカットをしたよう

 

10月の上旬

母は自室で自分を傷つけたと父に伝えたよう

そして怖くなり自分から入院したいと言い出した

 

私は傷を見たわけでもない

父から聞かされただけ

まぁ見たいとも思わないが

 

人生を終わりにしたいのであれば

静かに幕を下ろしてくれよと言いたい

 

母のリストカットはただの見せしめだ

自分を大切にしろとでも言いたいんだろう

可愛そうだとでも言いたいんだろう

気にかけてくれ優しくしてくれと言いたいんだろう

 

自分で父に打ち明けたようなので

自分で幕を下ろしたいわけでもないんだろう

たぶん下ろす勇気もない

 

母がリストカットを打ち明けてすぐに

いつもお世話になっている診療内科へ二人は出向いて行った

 

私は母が自分から入院したいと言い出したのは

良いことだと思った

思わずガッツポーズをした

 

本人が変わりたいとこのままじゃダメだと思い

自分で行動を起こした

どんな結果になるかは分からないが

何もしないよりはましだ

いくらその現実がよくない状態であれ

本人が望まない限りは現実には何も変わらない

 

今までと何が違うかと言えば

依存者の母と共依存者の私

この関係を断ち切ることで

母を孤独に追いやった

これがきっかけとなっと

 

でもそのおかげで

もう頼るところがない

自分でなんとかするしかないと思ったんだろう

 

母と会話していないので分からないが

そう思ってくれていれば

しめたもんだ😆

 

そして2度目の入院

リストカットをしているため

保護入院という形ですぐに入院させてもらった

 

父はまた病院へ通う日々が始まった

私達家族4人にはちょっとした平穏な生活が舞い込んできた

 

 

なのにまたもやもう退院⁈

来週退院するらしい

はぁ~平穏な日常が薄れていくのかと思うと

残念でならない

 

今回は一月半くらいの入院だったかな

また退院してきたら父がうろうろしそうで

めんどくさい

 

とりあえず関わらないように

干渉しないように

干渉させないように

変わらずの姿勢で行こう!

 

最近は私自身自分の身に起きていることを理解できてきて

スクールカウンセリングも少し減らしても大丈夫かなと思っていたけど

 

まだまだ私自身も不安定にならないとは言い切れない

だからまだまだ話を聞いてもらいに行こうかな

 

娘達から離れる一時もやっぱり確保しておいた方がいい

ため込まずがんばらず

やりたいことに集中しよう!

 

平穏な生活を変わらず保てるよう努めよう

そのためにはやりたいことに集中し

自分の気持ちが上がるとき、上がること

自分の気持ちを癒やせる方法を沢山持とう

 

自分のことを理解し分かってくることが楽しい🎶

誰に理解されなくても良い

自分で自分のことを一番に理解してあげれば

それで良いんだ

 

反抗期の私は今を楽しんでます

たとえここへ母が帰宅しても断じて私は変わりません😁

反抗期もまだまだ続きます!