何を食べたかで人生が変わる  

毎日こころ豊かに グルテン・カゼインフリー 米粉・大豆粉・オートミールに助けられて生きている

家族それぞれが自分の世話を自分でする もとある場所に返し学んでいる

★自分の世話を自分でする それが生きるということ

両親の洗濯という家事を手放し

半ば強制 突っぱねて数月

 

父は週に2、3回

夜に洗濯機を回している

 

母から細かくチェックや指導が入り

それに対して文句を言いながらも

なんとか生活の一部の活動として

洗濯に取り組んでいる

 

昼間は仕事して夜は家事をする

70歳手前の父にはなかなか楽な作業ではない

 

正直可愛そうな姿として映ることもあるが

家事を全面的に放棄している母に連れ添っている父の

これは言わば責任

 

長年連れ添っている母が精神疾患

家事すらまともに出来ない状態を父は受け入れている

それなら最後まで自分達の生活をも丸ごと

受け入れる必要があった

 

精神疾患でも連れ添うと決めているなら

側にいるのが正しいと思っているなら

父が責任を持つべきなんだ

 

それを”家族”という言葉で

なんでもかんでもくくり

若くて動けるからといって下の世代に

上の世代の面倒を見ることが当たり前かのように

自分達の生活の世話を押しつけられるのは

もう耐えられなかった

 

面倒を見ることによって

本来学ばなきゃいけないこと

もっと大切な事へ向き合わなきゃいけない時間が奪われる

そう考え

親の面倒を見ている場合ではなかった

 

子が親の面倒を見る

この固定観念は昔はまかり通っていたかも知れないが

今の我が家ではもう通用しなかった

ただそれだけだった

 

最近私はいろんなものを手放し見捨てた

なんだか荒っぽい気もするが

 

これくらいのことをしないと

自分と親との間に境界線を引けないと気付いた

 

なんせ今まで気付かなかったわけで生きづらくもあった

でも少しずついろんなことをほぐすように

行動すると いとも簡単に楽になれた

 

私の悩み、問題の種はいつも両親

両親はいつも対処療法

 

お互いに根本に向き合わないため

私はそれを仕方のないものだと

半ば諦めていた

 

そう本当はこれでよかった

諦めてればよかった

これを自分事と捉えなければ問題にならなかった

 

そうやって割り切り

問題を私の中へ持ち込まれなければよかったのに

ついつい親のことに首を突っ込んでいた

 

今やっている考えること

これを思春期の時にしてこなかったため

ずるずる年月だけが過ぎて今

考える事余儀なくやらされている

 

きっと生きているうちに

学ばなきゃいけないことはちゃんと用意されていて

それをいつの段階で学ぶかの問題なんだろう

 

多くは思春期の時期に自分と親を分け

自分を確立していくんだろうが

私はそれをさせてもらえる環境になかった

 

今ようやく娘達と主人のサポートにより

そこへなおかつ

両親が年老いて弱って体勢が逆転したことがチャンスとなり

”今ここだ!”っと言わんばかりに

娘達に背中を押され

長年目を背けていたことのを

今いろんな形で学んでいる状態

 

まぁそんな感じ

 

私が何もかも投げ出し

我が家と両親との間に露骨に境界線を引き始めたから

かなり困惑しご立腹な父

 

70歳手前で孫は不当校児となり

実の娘は反抗期に入り

長年連れ添っている伴侶は

現実の変化に適応出来ず

精神疾患の症状が悪化

 

自分達が甘えすぎていたことに

無理矢理気付かされ

見放される孤独感を

ヒシヒシと感じながら見えない不安に追い込まれていた

 

でもこれは分けて考えるしかない

それこそ仕方ないこと

 

我が家では両親の夫婦関係を解消すればいいのでは

という答えしか最善策が思いつかない

 

母の精神疾患の症状が悪化する時は

決まって父が関係する

 

要するに未だに父にちゃんと自分の気持ちを打ち明けられない

 

母の考えを何一つ否定せずに聞いてくれる父ではない

ということを知っているので

本音を隠してしまう

 

そして母もいつの間にか自分の本音が分からなくなり

周りの顔色ばかり気にして自分の気持ちと向き合わない

 

私もそうだったのでよく分かる

でもそれでは前に進めない

絶対に現実は良くはならない

 

もう我が家は大人も子どもも

結局周りのご機嫌取りばかりして

自分をないがしろにしてきたため疲弊していた

そしてそれは絶対に幸せへとは繋がらない

この学びが一番の収穫だ

 

 

父は自分がいなければ母は生きていけないと

そう思い込んでいる

 

でも実際は父がいなくても生きていける

お金と世話をしてくれる人がいれば生きていけるんだ

残念だが父である必要はない

 

人なんてそんなものだ

だから母もそんなもんだ

 

だから我が家ではそんな両親を見て

 

一緒にいて苦しい相手となぜ一緒にいるの

どうして自分を押し殺してまで我慢し

一緒にいなればいけないの?

 

本当に生活出来ないの?

本当に生きていけないの?

 

究極生きていけないと思い込んでいるから

二人は離れられないし

離れようとしない

 

それはそれで一つの夫婦の形で別に問題はない

 

ただそう思うなら

なぜ仲良く夫婦関係を築こうと努力しない

互いに互いを受け止め

折り合いをつけて生きていこうとしない

 

小中学生の娘達にすらもうこれぐらいのこと理解出来る

そして理解してしまった上に

そのしわ寄せを受けていると分かったら

黙ってはいられない

 

結局両親は自分の理想や願望が全て正しいと思い込み

変わるのは相手だと思っている

そして相手が変わってくれるのを待っている

 

でももう分かってしまった

 

絶対に相手は変わらない 

私が生まれて40年

変わった試しがない 

これが答えだ

 

相手なんか気にせず

自分が変われば物事は簡単に動き出す

 

私は自分で体験済なので

このことがよく分かる

 

行動して変わり出すと

物事は少しずつ速度を増していき

そこへ時間も味方に付いく

行動した方が物事は解決する

 

少なくとも絡み合った関係は少しずつほぐれていく

 

現実父は洗ってもらえない洗濯物が溜まり

下着が底をついた頃

しぶしぶ洗濯機の使い方を尋ねてきた

 

やり方を覚えるために設定方法をスマホに撮り

記録する

 

出来ない事なんてない

やろうとしないだけ

やってみたら簡単

これが行動することによって体感した

 

そして行動するにつれ

できないという不安な気持ちは少しずつなくなり

自分でもできるという達成感に変わっていき

多少の疲労感はあるものの出来ないという不安は少し消えたよう

 

回数をこなすうちに見えない不安は少し解消され

私に頼らなくてもまだ自分達のことは自分達でやれるかもと

考えるようになった

 

不安を感じたら行動する

なんでもいいから体を少し動かす

そのちょっとした押し出しの気持ちさへ踏ん張れば

なんとかなる

 

たった数回の洗濯で

父は6人分の洗濯をしていた当時の私を労う言葉が出てきた

 

きっと知らなかったんだろう

どんな気持ちで家事をやっていたのか

 

だから今私の気持ちを学ぶ為に

洗濯という家事に取り組んでいるんだろう

年寄りだからといって

”可愛そう”という言葉で学ぶ機会を奪ってはいけない

 

娘達にしても両親にしても

生きると言うことは

自分のことを自分で守れるようになること

勉強なんかより自分を守る事を学んで欲しい

 

出来る者が何から何まで手助けして

学ぶ機会を取り上げてはいけない

 

そんな風に解釈するようになってから

問題は全て学びだと捉えられるようになり

心が軽くなった

罪悪感もなくなった

 

私は自分の持ちすぎた家事を一つずつ手放し

もとある場所に返している

ただそれだけのこと

 

というわけで両親に洗濯という家事を返したら

次は娘達にも洗濯という家事を返すことになった

 

娘達はたまに洗濯物をたたむ作業を手伝ってと頼むと

渋々だけど手伝ってはくれていた

 

でもその時から気になっていたよう

なぜ祖父母の分までやらなくちゃいけないんだろう

 

なぜ自分達が祖父母の分までという

違和感が強かったようで

我慢して仕方なく取り組んでいたとのこと

 

イヤイヤ取り組むから無駄に時間がかかったり

露骨に嫌な態度をとる

 

でも両親の洗濯物は両親に返したので

今度は誰の為でもない

自分の洗濯物を自分でやるということになった

 

これはこれで納得らしい

なぜなら自分の洗濯物だから

 

どんな干し方でも

どんなたたみ方でも

私は何も言わない

 

好きなようにやればいいという提案で

娘達の洗濯物は洗濯機に入れて回し干したたむという

一通りの作業を全て任せた

 

そしたら二人でなんだか楽しそうにやっている

二人分なので量も少ないし

季節的にそんなにかさばる服もないので

短時間で終わる

 

以前は6人分となれば一日に2,3回は洗濯機を回していた

たたむ作業だって結構時間もかかる

 

それが今では一日1回

なんと楽なこと😊

 

この方法 もっと早くから実行していれば良かった

家族みんなで家事に取り組めば

一つ一つの作業は簡単になり短時間で済む

効率は悪いかも知れないが

一人一人のストレスは減る

 

娘達は私を親の呪縛から解放させるために

生まれてきたのかしら?

 

ってそんなわけないか

 

でもとりあえず

抱えている荷物を少しずつ手放していく

この感覚はすごい!またもや娘達に感謝!

自分の育ちを振り返れば親を世話する理由なんてどこにもない 私は自己中になる!


★両親の洗濯を放棄することで互いの本心が見えてきた

親の面倒をみるために同居したわけではない

だけど心の奥底に

私が面倒みなきゃという固定観念

 

この考えが自分では気付かないくらい

根強く根を張っていた

 

親をリスペクトし愛しき存在だと感じているなら

これは問題にはならない

 

でも今の私は 

いや昔からずっと

そのどちらの感情も存在しない

 

物心ついたころから私は両親から何度も離れようとしていた

言っても無駄だとわかりながら

言わずにはいられず

何度か駄々をこねていた時もあった

 

原因は精神疾患の母との生活

これにほどほど嫌気がさしていた

それは耐えがたい日常だった

 

いろんな事が制約され

やりたいこともやらせてもらえず

自分に決定権のない生活

 

強迫神経症潔癖症の母はとりあえず普通じゃない

いろんなものにバイ菌がいると考え

あらゆるものにアルコール消毒をする

 

よく私は体中に除菌スプレーを振りかけられていた

何か汚いものを触れば手を洗えば済むものを

バイ菌を殺すように私に除菌スプレーを

これでもかっていうくらい浴びせる

 

それでも母の気が済むならと

言うことを聞いていたが

今思えば異様な光景

 

自分が親になったら分かった

気が狂ってる

 

コロナ過でアルコール消毒が出回っていたが

ゴキブリにズプレーを駆けて殺すように

母は私の手や体にスプレーをしていた

 

この時父も同じように母にスプレーをかけられ

黙ってやり過ごしていた

 

この時点で私を守ってくれる人は存在していなかった

 

父も母の気が済めばといった感じだ

この人達はお互いの顔色を伺い

子どもの事は二の次だ

そんな親だったんだ

 

母は料理はほとんどしない

食事はほとんど買い食いばかり

 

洗濯もまともにされずいつも洗濯物は溜まった状態

潔癖症で汚いのはイヤなはずなのに

汚れると触れないという気持ちが出現し

汚くなった場所はそのまま放置

 

掃除すれば済むはずなのに

掃除が出来ない

 

よく家の中に立ち入り禁止区域が出現していた

 

本当よくこんな人と生活していたもんだ

こんな生活がイヤで

母との生活に不満が大ありでいつも家を出たいと文句を言っていた

 

あの時父の祖父は一人暮らしだった

元々同居していたが

母と祖父が反りが合わず

母が家を飛び出したことをきっかけに

家族で祖父の元から独立した

 

そこへ一人暮らしの祖父が病気を患ったことを理由に

親戚のお姉さんが祖父の生活の援助の為に住み込んだ

 

それを聞いて知っていたので

私も祖父の元で生活したいと志願した

 

母との生活を送るぐらいなら祖父の世話をしながら生活する方がマシ

それにお姉さん達も集まっていて楽しくやっていると

聞いていたので親戚のお姉さん達との共同生活の方がいいと

考えた

 

でも父はそれをいつもように私を我慢さ許してはくれなかった

話すら掛け合ってもらえなかった

 

祖父の元を出てきた身なのに

私だけ祖父の元へ帰るなんて事は母が許さない

家を出たら二度と帰ってこれない

 

家を出たら最後

二度と家の敷居をまたぐことは許されない

家族ではいられない

 

とまぁ父はいつものように母を理由に

私の気持ちをねじ伏せていた

 

その当時私は高校生で

アルバイトすらしたことがなかった

 

世間の厳しさを知らない生ぬるい子どもが

何をどんなにわめいても

両親には私の思いは届かなかった

いつも簡単にかき消され

汲み取ってももらえなかった

 

そうそう私はいつもあの頃

両親の帰宅が遅くなると心がウキウキしていた

 

事故に遭っているかな?

何か事件に巻き込まれているかな?

このまま帰ってこないかな?

 

なんて非現実的なことをいつも妄想しては落胆していた

 

なんでかいつもちゃんと帰ってくる

そしてまたいつもの何もさせてもらえない生活

不自由で汚い日常に戻されがっかりしていた

 

私は中高校生の時ぐらいからこんな妄想をして

両親から独立することを夢見ていた

 

なんなら親に捨てられひとりぼっちになった方がマシだとも

思ったこともあるくらい

それくらい精神疾患の母との生活はイヤで

逃げたかった

 

それなのにそんな独立心が強かったことも

すっかり忘れてしまっていた

 

たぶん成長するにつれ目の前の日々がめまぐるしく過ぎ

学生の時は勉強

大人になってからは仕事へ注力が注がれ

両親への独立心はいろんなことで霞んでいった

 

忙しくなると自分のことを考える時間がなくなる

それはそれでよかったのかもしれない

 

結局考えたところでどうすることも出来ないし

どうにもならない

だから諦めたのかもしれない

 

でも思い出しちゃったんだよね

 

あの時の感情をそのままの状態で放置していた

あの時の私を慰めずにほったらかしにしていたから

今ふつふつと憎しみの感情が増して出現している

 

そんな状態だから余計に

親の面倒をみることは当たり前

娘だから

自分の親だから

これが普通だから

 

この価値観で物事を受け止めようとするから

苦しい

自分自身にいい加減にしろよって

渇が入った

 

誰に言われたわけでもないのに

自分の中に親への固定観念が存在し

それが私を苦しめていた

 

本当の自分の気持ちと

親の面倒をみなきゃいけないという固定観念

 

ここに大きなズレがあり

この気持ちの整理をしないままずるずる過ごしてきた

 

そしていつの間にか

親のせい

周りのせい

固定観念のせい

 

自分以外を悪者だと思い込み

現実から逃げていた

 

自分自身と向き合う作業って本当面倒くさい

かなり体力を消耗する

簡単にできないから考えること自体から目を背け

自分を誤魔化す方が楽だからそっちに流れてしまう

 

でもそれじゃいつまで経っても問題は解決されない

もう独立出来る年齢で固定観念なんてぶっ壊せばいい

もうあの頃の私ではない

 

過去の自分は過去の自分で置いておこう

だってあの時はどうすることも出来なかった

仕方ない あれでいいんだ

よく耐えた

がんばった

 

あの時は親に従うしか現実生きられなかったわけで

我慢して親元にいたのは間違いじゃない

 

ただあの時のことを過去の出来事で終わらせるだけでなく

今に繋げよう

そうすればあの時の私に意味が持てる

 

受け止めることは出来ても

受け入れることは出来なかった

これが現実

でもそれをバネに変えることは出来る

 

要するに

昨日まではその固定観念で生きてきたが

今からもそうである必要はない

 

今日からは自分の意思で物事を変えられる

変えていけると考えることが

今の私には必要でちょうどよかった

 

この方が心には建設的で健全

自分を大切にする理由がここにある

 

そしてここからは自己責任

必然的に今までと同じようにはいかない

 

親の顔色を伺って最終的に親に従っていた私ではなくなるため

私は一人で歩くことになる

 

幸いにも主人と娘達は今のところ

私と同じ方向を向いている

だからみんなで両親から独立しようと決意

 

そんなわけで両親の洗濯という家事を何が何でも

二人に返すことにした 半ば強制的に

 

予想通り話し合いは穏便にはいかず

父から飽きられた

 

『年老いた親を見捨てるのか

おまえは自分のやりたいことばかりで

家族のことはどうでもいいのか』

 

とまぁ呆れた言葉を浴びせられた

 

 

私は今在宅ワークに取り組んでいる

私の自活のため

そして娘達が将来学歴のない状態で

社会へ出たときの

偵察がてら始めた活動

 

娘達の将来を闇雲に不安に感じるよりは自分の目で体験し

少しでも不安を解消させようとした行動

 

そして始めた在宅ワークで毎日が時間に追われ

その中でやりたくないことをやらされている感覚にさいなまれ

ストレスがかかりすぎている

 

それを私は正直に両親に伝え

本来あるべき場所に返したいと提案

 

でも正直父はまだ働いている身

そして母との二人分の食事、買い物を担っている

 

そこへ洗濯物までやらされては自分が参ってしまうと訴え

私の希望をすんなりとは受け入れなかった

 

でも私は不思議だった

 

父より年上のいわゆる老夫婦は近所にも数組健在している

その方達はどんな夫婦仲かは分からないが

見るからに二人で生活している

 

と言うことは二人の生活を二人で切り盛りして生きているということ

 

それなのになぜ私の両親はその夫婦より10も若いのに

娘の私に家事を任せないと生活できない状態なのか

 

単純に頼れる相手がそこにいて

自分達で生きるという覚悟をしていないだけ

そうとしか考えられなかった

 

私は今自分の人生を生き直そうとしている真っ最中なのに

親の面倒でやりたくもないものに時間をとられ

ストレスの中自分を押し殺して生きるほど

もうばかじゃない

 

もうそんな親をベースにした生活は嫌

納得もいかない

私はもう精神疾患の母を受け入れる気はさらさらないと伝えた

 

そして

 

どうして娘が自分の人生を生きたいと言っているのに

親のあなた達はそれを受け止めようとはしてくれないんだと

泣きながら訴えた

 

どちらかと言えばこの気持ちの方が強かった

実の娘が人生をやり直したいと言っているのに

なぜそれを応援してくれない

 

所詮私はあなた達の世話係なのか

そんなつもりで生まれてきたのか・・・

 

もうこれ以上親ベースの姿を娘達には見せられないため

私は引き下がらなかった

 

私がこの状態でまた自分を誤魔化しながら生きれば

私が年を老いたとき

同じように娘達を頼って追い詰める

 

それだけは嫌だった

そしてそれは間違っている

だからやめるんだ

 

結局親は娘である私の事より

孫である娘達の事より

自分達の生活を維持することを優先的に考えている

 

そして常に誰かに幸せにしてもらうと考えている

 

口では家族が 家族がって言ってるけど

一番可愛いのは自分

 

でもそれは間違っていない

そう自分が一番!

 

だから私も娘達も一番に可愛がるのは自分

親の世話なんてやってられない

 

心から自然と何の見返りも期待せず

ただやりたいと思った時以外は

何もしちゃいけない

 

根本的に親ベースの価値観が根強いから

その都度考えよう

 

これは誰の為

本当に自分がやりたいことなのかどうか考える作業を

すっ飛ばしてはいけない

 

誰もがみな一番自分が可愛くて一番大切

私は私が一番 

 

やりたくないことは何がなんでもやらない

私にだってちゃんとやりたくない理由が存在する

 

私の気持ちをないがしろにする親など

私にはいらない

親子の関係はいつまで続く? 私は心の中で子であることをやめた

★手放したいもの それは親子の関係

最近私の中に芽生えたモヤモヤ感

それは

親と子どもって

いつまで親と子でいなければいけないんだろう?

 

去年の秋頃両親達の夕食宅配を検討し

1月から正式にスタートした

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

あれから5ヶ月ぐらいが経ち

食事の負担は減り

少しはストレスが軽減されたかと思いきや

すぐに他にも抱えていたことが浮き彫りになり

イライラしていることに気付いた

 

それは洗濯物

私は6人分の洗濯を一人でやっていた

 

私の母は精神疾患強迫神経症躁鬱病

精神がある程度安定していて

元気な状態であっても

私達と同居をスタートしてから一度も

洗濯機を触ったことがない

 

実は同居する前から洗濯という家事から手を引いていた

母が出来ないことは、父が代わりにやっていた

同居した時既に母はほとんどの家事から手を引いていた

 

そんなこととは知らず

同居したと同時に

私は両親の家事を一気に引き受けてしまった

うかつだった🥶

 

今思えば父にとってやっと解放される瞬間だったのだろう

自分の負担が減る

そんな気持ちだったんじゃないかな

 

私は当時30代

体は自由に動き活動的

ホルモンバランスを崩し

体調が悪くなったのは次女を出産してからだったので

それまではなんとか普通に生活していた

 

同居したての頃は

次女がお腹の中にいたが二人目ということもあり

あまり不安もなかったので

比較的元気だった

 

妊婦ライフが大変だったわけではないが

確実に妊婦だった

 

幼い長女を連れた妊婦が

同居したとたん

なぜか両親の家事までも任され

やるのが当たり前という現実に切り替わっていた

 

よくやってきたな・・・

私 がんばったな・・・

と自分を褒めてあげたい

 

それと同時に

あんなにがんばる必要があったんだろうかとも

疑問に思う・・・

 

妊婦だから安静に とは思わないが

なぜ妊婦である自分の娘に

自分達の家事を平気で押しつけられたんだろう

と自分の両親に不信感を抱いた

 

子どもを産んで育てると

親の大変さやありがたみを感じるとよく言うが

 

私はどちらかと言えば

そんな感情はあまりない

 

なぜ子どもを産んで育てる大変な時期に

私を助けてくれないんだ

 

大変な時期だと経験済のはずなのに

なぜ病気を盾に私に寄りかかろうとするんだ

 

そんななぜ?の感情

怒りの感情の方が強かった

 

でもそれが言えなかった”私が悪い”

この一言で終わる

 

そして母は精神疾患だから仕方ない

この一言で

私の気持ちはいつも蓋をされた

 

私の親は親らしいことを何一つしていない

いつだって精神疾患だから病気だから

なんでも都合よくいいわけに使い

助けられたことがない

 

まぁその分何でもやれるようになった

生きていくための生活レベルは普通に身についた

 

でも出来れば出来るほど

やればやるほど自分で自分の首を絞めることになっていった

 

いつだってやれる人がやればいい

そんな考えで母への割り切りを覚え

今まで生かされてきた

 

でもね

私 もうバカじゃないよ

いろんな事を知り学ぶ事で現実が見えてきた

 

母が自分から病気と契約を交わし

安易に武器として使ってしまい

精神疾患から抜け出せなくなっている

 

またその状態を父は理解した上で

互いに共依存の関係を維持し

お互いに現実逃避をしている

そして家族にだげ助けを求める

 

何が問題なのか分かっているはずなのに

現実と向き合わず答えを出さない

 

覚悟もしないため

自分では何もしない

 

誰かがなんとかしてくれるだろうと

家族に機嫌を取らせ

毎日を誤魔化しながら生きている

 

という目で見るようになってから

 

私の中で両親は毒親になり

手を差し伸べる価値がないと判断した

 

 

今から10年前

私は30代で両親は50代

同居すると同時に中途半端な世代交代が始まった

 

昔の流れで家に女が新たに入ると

世代交代が余儀なくされる

 

これで私の母も結婚した当初

大変な目に遭い

その時を境に精神疾患になった

 

義父と反りが合わず言いたいことも言えず

我慢の日々

 

母の味方であるはずの父は

義父側を擁護するから

母はいつも一人で戦っていた

 

私の母もあの時はがんばっていた

 

なのに自分が受けていた苦労を

こともあろうか娘にも背負わせ

いつの間にか当たり前のように

娘におんぶしてくれと被害者ぶる

 

父も私が家に戻ったら自分は家事から手を引ける

そう考えたんだろう

 

両親は”もう年だから”という言葉を武器に

いろんな事を手放し当たり前に私に押しつけてきた

 

私には両親がそうやって自分達のやるべき事から

逃げて昔の習慣を持ちだし自分達だけ

生ぬるい生活をしようとしているように

見えてならなかった

 

私は子育てと介護

両方を背負う気はない

 

私の両親は自分の親の介護などしていない

母の精神疾患を理由にあらゆる事から逃げてきた

 

なのに自分達が年をとり

体力に自信がなくなると

面倒をみてくれ、世話をしてくれ

 

年寄りを世話するのは子どもの役目だ

と言わんばかりにのしかかってくる

 

これがおかしいってことに早く気付き抵抗すれば良かった

子どもとして育ててもらった時間より

親の面倒をみる時間の方が長いなんておかしい

そんなのイヤだ

やってられない・・・

 

みんながそれぞれ自立して

協力して生きていかなきゃいけない時代に

昔の習慣を持ち出されては困る

 

あの頃は私はまだ若く

両親と共依存関係にあると自覚がないため

為すがままだった

 

妊婦ではあったが体は軽く元気

大きなお腹でも平気で家事がこなせた

またそれが良くなかった

 

私の両親にはその姿は

甘えさせる絶好のチャンスとして

映ってしまった

 

たぶんこのとき私の中の承認欲求は大いに満たされたんだろう

沢山の家事をこなし

両親に期待され感謝され

喜んでもらえる

 

でもその代わり両親から感謝はされるが

大事なものとの時間は削られていった

 

家事を沢山こなす分

長女への時間は削られほったらかしだった

 

その結果 回避型の愛着障害を招いている

 

でも実は薄々気付いていた

私は母親向きじゃないということ

 

私は子どもの相手が苦手

長女との時間は退屈で

どう相手をしてあげればいいか分からなかった

 

だから家事をして手が離せない状態を作り

長女を主人に任せることは好都合だった

 

結局私も自分の都合のいい状態へ逃げていた

私も私の両親も本当しょうもない人間だ

 

親になるべき人種ではない

かなりの未熟者

 

 

私の両親はいつもイヤなことから逃げている

 

イヤなことはやらなくていい

でも自分が生きていくための生活ぐらい

自分で確立しなければいけない

それが生きると言うこと

 

そんな事までイヤといい逃げるなら

早く迎えに来てもらえ!

必死に生きている人に失礼だ

 

だけどこれをなぜか両親には言えなかった

まぁそれが普通かな

 

私は親に自分の意思をちゃんと伝えられない性格

これがなぜ出来ないのかを理解しようとしなかったため

私にも責任がある

 

私と両親は3人とも自立していない

互いに自立していない状態で

寄りかかろうとするからみんな共倒れ

 

精神的に良好な関係が築けていない親の元へ

自分の内面を理解していない私がのこのこ戻ってしまった為

不具合が起きた

 

同居したこと

家事を一心に引き受けたこと

全て私の承認欲求を満たすためだったんだろう

 

親子の共依存はなかなか切れない

結婚して親になっても

共依存している自覚がないと

何度も同じ事を繰り返す

 

でも今は

共依存体質だと自覚している

だから

両親の食事から手を引いた

 

そしてもう一つ洗濯という家事

これも今では完全に手を引いた

 

両親の洗濯をする度にイライラしていた

なぜ私がやらなくてはいけないのか

いつまでやり続けるのか

 

単純に洗濯物の量が多く疲弊して

イライラしているのかと考えたが

そうじゃなかった

 

自分の嫌いな人の洗濯物

やりたくもないのに

やらなくちゃいけない

 

やりたくないって言えないことに

イライラしている

 

だから精神が安定していない母に

私はお構いなしに告げた

 

『もうあなた達の洗濯物はしない、

これからは自分達のことは自分達でしてください』と

 

まぁこれがすごい剣幕で大げんか

 

もちろん母が洗濯を出来ないことを知っていたので

最初から父に洗濯してもらうよう提案

 

そしたら父の洗い方は不安だから

お金を払うから私に洗って欲しいと言う

 

正直ふざけているとしか言えなかった

 

結局母は父を信用していないため

信用出来る私を頼ってくる

 

そもそもなぜ信用出来ない相手と夫婦関係でいるの?

ここをクリアにしないから

いつまで経っても下の世代にしわ寄せがいく

 

夫婦関係が荒んでいてそれを誤魔化すために

私が存在しいいように扱われる

 

これを私は自覚し

自分の存在が害だと感じた

 

こんな風に考えると

私には拒絶反応しか生まれなかった

 

家族の基盤はいつだって夫婦関係

お互いを認め合い

尊重しあっていない夫婦の元にいる子どもは

いつだって辛い

 

そんな良好な関係が築けていない夫婦関係に

いつまで子どもとして存在していなきゃいけないんだ

 

私は心の中で

この二人の子どもであることをやめた

 

だから二人の仲裁には一切入らないし

二人を手助けすることもしない

 

もうあなた達の子どもはいない

仲裁役は存在しない

夫婦の絆が問われる時

 

どうするかは夫婦で考えること

第3者が考えることじゃない

 

そして

今を生きていたいなら

自分のことくらい自分で面倒みろ!

それくらいの覚悟で生きろよ!

 

生きる覚悟を持たない奴は

私の親じゃない

 

みんなちゃんと一人で立てるんだ

立てないようにしているのは

いつだって過指示・過干渉の家族

 

てなわけで嫌いな両親の洗濯という家事を一切放棄して数月

 

結局父が文句たらたら言いながら洗濯している

それでいい

やればできるじゃん

 

生きることから身を引き行動しなくなったら

もうそこで全ては終わってしまう

 

体と脳を退化させているのは年齢ではない

楽な道を選んだ自分だ

 

自分の両親のような年の取り方はしたくない

そのためにはいつまでも行動しつづけなければいけない

 

休んでいる暇があれば体を動かせ!これに限る!

学校の教科書はつまらないから要らない というわけで早々に処分することに

不登校児の娘達には教科書は必要ない

4月に一度だけ娘達の担任の先生と会った

それは教科書を受け取るため

 

娘達の担任は

学校へ行かない意思を持っていることを

前任の先生から聞いて知っている

 

どれくらい話が伝わっているかは分からないが

学校へ行けない不登校児ではなく

自分の意思で学校へ行かないことを選択している不登校

であることは認識されていた

 

そして今年度から学年費の支払いを拒否させていただいたので

学校から受け取る物は何もないと思っていた

 

でもどうやら教科書は学年費からの購入ではなく

教育委員会からの無償配布ということで

受け取って欲しいと言われ

わざわざ自宅まで届けに来てくれた

 

その時私は娘達の担任の先生と初めて顔を合わせた

 

娘達は学校に未練はない

そしてどちらかと言えば関わりたくない気持ちが強かったので

一切顔は出さなかった

 

担任の先生がどんな人なのか興味もないし

まして教科書なんて欲しくない

 

だから先生が来たよと伝えると

子ども部屋へいそいそと隠れてしまった

 

私はそれに対して何も思わなかったので

私一人で先生を出迎え

使うことのない教科書をしぶしぶ受け取った

 

最初は必要ないから紛失した子のために

学校で使ってほしいなと提案したが

みんなに一律に配布している

教育委員会からの無償配布なので

気にせず受け取って欲しいと言われ

 

頑なに拒否をしても仕方のないことなので

とりあえず受け取った

 

正直無償と言われても

それが何か?と聞きたくなる

 

欲しくない物を家に持ち込まれる感覚は

正直気分が悪い

 

とりあえず受け取るだけ受け取って

その後は娘達と考えよう

 

私的には見るとなんとなく罪悪感が生まれ

本当は勉強した方がいいんじゃないって

思ってしまう

 

新品のきれいな教科書

使ってもらえないのはなんだか可愛そう・・・

勿体ない

そんなケチくさい考えが浮かんでこないわけでもない

 

とは言え 去年みたいに

私が娘達の代わりに勉強するのはもう時間的に無理がある

在宅ワークに毎日追われている私には

今はそんな暇な時間はない

 

だから罪悪感を生まないよう

娘達の目の届かない場所へ隠すことにした

 

それでもなんだかモヤモヤする

紙の物は邪気を吸うと言われ

私はいつも要らない紙のものはすぐに処分する

 

だからもう捨ててしまおうかと考えた

念のため娘達に相談

 

学校へ行かない娘達にとって使わない教科書を

”いつか”のために保管しておくべきか?

 

もしかして学校へ行くかも知れないから

万が一に備えて一年間保管しておくべきか?

 

私的には気が重くなる内容だった

でも娘達はあっけらかんと

 

『要らないから捨てていいよ』と言う

 

私は

『でももし万が一 気が変わって学校へ行きたくなったら?

その時 教科書がなかったら困らない?』

って聞いてみた

 

そしたら

『学校へ行ったとしても教科書はつまらないから必要ないよ

別の方法でその時は勉強するから要らない』

って笑って言うんだよね

 

そっか 教科書はつまらなくて必要ないんだ

確かにそうだ

 

当然のように

学校へ行って 机に向かって

教科書を開いてノートを使って勉強する

 

なぜかこれしか方法がないと思い込んでる

正直この勉強の方法が一番無駄なんだよね

 

教科書読んで問題を解いて○を付ける

この方法をあたかも”これが勉強”なんだと

思い込んでいるからいけない

 

私も長女の中学一年生の問題を教科書とドリルを使って

勉強した時があった

 

正直問題が解ける楽しさはあるが

知識が増えて理解度が増し興味が増したかと言えば

そんなことはない

 

あくまで問題をこなすことが目的で

何のためにやっているのかは意味不明だった

 

だから正直飽きる

そんな勉強より

自分の興味のあること

面白いと思うことを学んだ方がイヤでも頭に残り定着する

そして自分の経験として学んだことは財産になる

 

世の中には面白い学びはいっぱいある

学び方もいろいろある

 

いくら大切だと言われる学びでもつまらない教科書では

何にも頭に残らない

そしてそんなこと十分に分かっているし知っている

 

だけど学校へ行けばみんなと同じように学んでおいで

それしか言いようがない

 

私は本で学ぶこともあれば

ネットの記事やYou Tubeの動画で学ぶこともある

実体験で学ぶことだってある

 

体験し体感しこれが一番理解が早い学び方

 

働くことも働き方を本で学ぶよりも

体を使って体験して感じながら考えて学ぶ事の方が

覚えは早いし仕事は出来るようになる

 

間違えたり失敗したりすれば

それこそ学びの宝庫

 

そんなこと分かっているのに

義務教育という固定概念が邪魔する

 

私は娘達に合った学びかたで学べればなんでもいい

この考えを覆してはいけない

周りに流されてはいけない

 

娘達は教科書で学ぶことは合っていない

つまらないと感じ学ぶ気が失せるらしい

 

これはわがままでも何でもない

ただ合わないだけ

だから娘達に合う方法で学べることを探す

 

今は教科書でしか学べない事なんて

きっとこの世の中には何一つない

 

いろんな方法があり

私が知らない方法もたくさんある

 

そして一番重要なのが

娘達が学びたいって思ったことを

その時に学ぶ

 

これが一番大切で忘れてはいけないこと

 

周りがこれが必要

あれが必要 などと押しつけるから

上手くいかなくなる

時期が来るまで待てばいい

 

私は子どものころ勉強の仕方が分からなく

父親にバカ扱いされ

劣等感を植えつけられまくっていた

 

だから高校生まではほとんど勉強できなかった

それが高校生になると比較的自分に合ったレベルに進学するため

なんとかがんばれば勉強についていけることがわかった

 

それからだんだんと精神年齢が成長したことにより

勉強のやり方も自分で気づけるようになり

コツをつかんだ

 

勉強のやり方

試験での点の取り方

一つ分かると芋づる式に分かっていった

 

勉強のやり方を知った時には

こんな簡単な事なんだ

私でも出来るんだと気づいてうれしかった

 

だから私は高校生の時が一番勉強した

それも苦労して というよりは楽しんでやっていたので

勉強なんて簡単だと思い込んでる

 

そして勉強出来たことにより

勉強ができないというコンプレックスを

自分で解放した

 

でもこれも私事でとどめておけば良かったものの

自分の経験から

私は勉強のやり方、試験での点数の取り方を

長女に早い段階で教え込もうとしていた

 

今思えば

私は親につけられた劣等感の恨みを

長女で晴らそうとしていた

 

私は勉強のやり方が分からずバカ扱いされ

でもやり方さえ知っていればバカ扱いは受けない

それを証明しようとしていた

 

小学4年生頃からだんだんと学校の勉強が難しくなり

それまで簡単に点数が取れていたものも

そうはいかなくなる

 

私はこの時期から本格的に長女にテストの点の取り方

勉強のやり方を頼まれてもいないのに教えていた

これがまた余計な事だった

 

長女が望んでいないのに余計なことをした

ここでもまた反面教師が裏目に出た

 

長女が勉強したくて点数を取りたくて

望んだことなら

私のやったことは正当化できる

 

でも長女は勉強が出来ようが

点数が悪かろうが一切気にしなかった

 

だから実際には半ば無理矢理

 

勉強が出来るのがいい

試験で高得点を取るのがいい

勉強出来ればバカにはされない

 

そうやって私が思い込み

勉強ができる子に育てようとしていた

 

私の父親に娘をバカにされないよう

見返すための道具に使っていたのかもしれない

 

もちろんその当時はそんな風に考えている自覚はない

ただそれに付き合わされている長女は

嫌気が差していただろう

 

まぁそんなこともあり

私はもう娘達の意思を尊重せざる終えない

 

正直私の過去がみんな娘達に降りかかっている

そう感じずにはいられなかった

 

だから次女が教科書は要らないと言った時

その言葉をそのまま受け入れ

処分することを実行するまでだと思った

 

万が一を考え

次女の意思に反し取っておくということは

私のするべき事ではない

 

処分したことで問題が起きた時は

それはそこで娘達が何かを学ぶ時

 

だから要らない物は我が家に置いておくべきじゃないと判断し

古紙回収で処分することにした

 

この際

学校の教科書以外にも

まだ数冊市販のドリルや問題集がある

 

いつかやるかもしれないからと

勿体なくて捨てられなかった

 

でも使わないものは

目に入るだけで気が下がる

紙類はそこに存在しているだけで邪気を溜める

 

さっさときれいさっぱり片付ける

自分の気持ちに方を付けるべきなんだ

 

娘達はちゃんと片を付けている

私も見習って片をつけ処分をしよう

 

なんだか私の存在も要らない気がしてきた

いっそのこと娘達に片をつけられ

きれいさっぱりしたい

 

親子の関係もなんだか煩わしい・・・

 

とりあえずは

簡単に処分できる教科書から

きれいさっぱりとね😊

 

きっと捨てたところで困りはしない

物がイヤでも増えていく現代

要らないと思うものは

意識的に持たないようにしよう

 

心も脳も軽くしよう

 

要らない物に囲まれて

大事なものを見失わないように

新学年がスタートして2ヶ月 我が家は学校という存在を忘れかけている

新学期がスタートして2ヶ月!現在の娘達は・・・

不登校児の娘達は本人の意思とは関係なく

4月に勝手に自動的に進級し

それぞれ一つ学年が上がった

 

長女は中学2年生

次女は小学5年生

 

娘達は新しいクラスがどんな顔ぶれなのか

新しい担任がどんな先生なのか知らない

 

どちらの担任も私だけが1度会い

あとは電話連絡を数回受けただけ

娘達はまったく関わっていない

 

4月から学年費などの支払いも全て拒否したので

ほとんど学校との接点がない

だからとても平穏な毎日が続いている

 

学校への気遣いがないって

本当に楽

気を揉まなくて済むこの状態はかなり快適

なんだか二人とも義務教育を卒業したかのよう

 

何も縛られない

無所属に近い状態は

枠からはみ出している感覚があまりないため

罪悪感が少ない

 

これはこれでいいのかもしれない

 

最初は不安になるかも と思っていたが

別にどうってことはない

 

このまま何もない状態

何も属していない状態の方が

枠からはみ出した感を感じないため

都合がいい

 

娘達は枠にはまりたくない気質

それを無理矢理押し込める方が疲れる

枠があって落ち着く人もいれば

そうでない人もいる

 

ただそれだけのことで

それ同じに同じにしようとするから疲れる

 

そういうもんだと軽く受け流せば

なんてことはない

 

 

去年は学校との関係が深く

なんやかんや気疲れした

 

長女の担任が2週間に1度家庭訪問のため

1,2時間おしゃべりをしに我が家へ来ていた

あれはあれで楽しい時間だった

最後はだいぶラフな関係だった

 

家庭訪問と並行して

私は2週間に1度中学校へ出向き

スクールカウンセラーのカウンセリングを受けていた

 

毎週学校との関係があり

内向的な私にはちょっとハードな一年だった

不登校児の母親としてやらなければいけない娘達のケア

そんなちょっとした義務感が多少なりともあった

 

スクールカウンセラーとのカウンセリングは

不登校の当初 現状確認のための大切な時間だった

 

あの時間があったから

今 私は親と自分と娘達と

ちゃんと境界線を引き

前向きに自分の人生を生きようとしている

 

娘達を取り巻く家庭環境の悪さを知るきっかけになり

私自身と自己対話をするきっかけにもなった

 

そして一つ一つ現状を確認する作業に付き合ってもらい

答え合わせをさせてもらった

あの時間はとても貴重でかなり救われた

 

それでも原因が何で問題がなんなのかが分かれば

カウンセリングの時間は不要になってきた

 

人に問題を聞いてもらっている間は

常に誰かに何かを委ねている感覚

そのうち

自分でなんとか出来る事も

他人になんとかしてもらいたいと

心のどこかで期待する

 

精神疾患の母が

長年精神疾患の専門の病院に通っても

定期的にカウンセリングを受けても

一向に状態がよくならないのは

誰かがなんとかしてくれると思い込んでいる

 

そして自分は病気だからしかたない

自分ではどうすることも出来ないと

自分で決めているから

 

その姿を見て

一時的に下がっている状態を

ひっぱり上げてもらう手助けをしてもらうことは頼めても

最後そこから這い上がるのは

どこまで行っても自分

 

自分にしかできない

他人に這い上がらせてくれ

最後までひっぱり上げてくれと頼むことは間違っている

そしてカウンセラーでもそんなことは不可能

 

カウンセラーとの時間は大切な時間

本当に貴重な時間で有意義だった

私のことを肯定してくれる安心できる存在

 

でも娘達の不登校

どんな問題なのかが分かってくると

その時間はだんだんと不要だと感じた

 

カウンセリングを受ける度に

娘さん達はどう?

ご両親はどう?

 

勝手に問題を大きくされ

大変な問題を抱え込んでいるような錯覚にも陥った

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

そしてそうやって心配され問われると

なんだか問題を抱えていなきゃいけないような感じにもなってくる

私の問題ではないものを解かされている気分

 

要するに

家庭内に問題がある

でも根本的な問題は我が家ではなく

私の両親の二人の問題

 

それは娘の私の問題ではなく

両親が二人で答えを出す問題

私にはどうすることも出来ない

 

そして

娘達が学校へ行かないのは

娘達が学校を不要と考えているから

 

これまた娘達が学校を必要だと思うまで

学校へ行こうとしないのは当たり前で

必要性を感じていない以上

学校は不要

 

これらを私の問題ではないのに

あたかも家族の問題はあなたの問題でもあるから

カウンセリングを受けて一緒に解決していきましょう

 

そんな風に言われている気がして

最後は違和感の中でカウンセリングを受けてた

 

みんな何が問題のか見えてきたのに

カウンセラーはカウンセリングを卒業させてくれない

 

私の状態が安定して

問題の所在地が分かっても

『人には波があるからね、私との時間は必要なのよ』

『私がいつもいるから大丈夫よ』と言われた

 

でもこれはある意味カウンセラーに依存することになる

だから私はこの言葉に違和感を感じた

 

違う そうじゃない

 

もういつ波が来たとしても

私は自分でその波を乗りこなせる

そして自分で乗りこなすんだと思ってる

 

確かに何が問題なのかを教えてもらえたのは

助かったし感謝してる

 

でも依存できる場所が欲しかったわけじゃない

 

問題の解答者が私ではないのに

家族の問題はあなたの問題でもあるから

解答が出せるまでがんばりましょう

なんて言われても

ちょっと困る

 

時間の無駄

私はそんなに暇じゃない

 

 

私は去年の秋頃から

自分の自立を促すために在宅ワークに取り組んだ

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

自活したくて自分に出来る事で動き始めた

必然と時間にゆとりがなくなり

毎日時間に追われる日々がスタートした

 

そんな中

私の中で問題の解答者が自分ではないのに

いつまでも カウンセリングを受けている時間はなかった

 

そして

カウンセリングを受けている間はずっと

カウンセリングを受けなくてはいけない状態が

ずっと続くと感じた

 

なんとなく問題はないのに

カウンセリングを受ける=問題を抱えている

と錯覚させられる

 

勝手に問題を作り出し

あたかも

”私は大変です”

”助けてください”

といった状態を作り出しているかのようにも感じた

病院に通っている間は病人みたいな感じ

 

だから去年の秋頃から違和感を感じ

今年に入って勝手に私からカウンセリングを卒業した

 

少し荷物を下ろした感じ

勝手に背負い込んでいたもの

背負い込まさせていたものを放棄した

 

精神的に楽になれた

そして時間にも解放された

 

長女は3月まで家庭訪問が続いたが

4月から新しい担任に代わり

男性ということもあり

家庭訪問は最初からお断りをした

 

学校へ行きたくて行けない子ではないので

先生との関係は不要

 

人との繋がりは欲しかったが

そこが先生である必要はない

 

1年生の担任は女性

半ば親戚のお姉さん的な存在だった

 

1年間 家庭訪問をしてもらい

私が我が家の現状を包み隠さず話し

娘達への考え方も包み隠さず話していたから

かなり親密度は高まっていた

 

でもそんな親密な関係を誰とでも持てるわけでもない

そしてその必要もあまりない

 

なので今年度からは娘達の担任とは

あまり関わらない方向で進んでいく

 

先生達も学校に来ない子どもの事まで考えているほど

暇ではないはず

目の前の子ども達に集中してもらえばいい

 

そんな考えで娘達の担任には

学校へはこの先も行く気はないので

あまり気にかけなくていいです

 

配布物も必要ないので廃棄してください

と伝えた

 

義務教育だからどこかに在籍せざるを得ない

仕方なく在籍させてもらっている身なので

気にしないでください

 

先生達の時間を気を割かせるわけにはいかないので

放っておいてもらって構わない

幽霊部員のような存在になりたいと説明

何かあればこちらから連絡しますと伝えた

 

 

と言っても先生達もそうもいかないようで

何かあると責任追及されるためか

たまに連絡させてくださいと言われ

無理に抵抗する必要もないので

 

『生存確認のつもりで電話してきてください』

『状況確認、把握するくらいの気持ちでいいですよ』

と笑って伝えた

 

そして今年度に入ってから

娘達と学校との関わりはほぼゼロ

その分罪悪感もなければ焦りという

なんとも言えないプレッシャーからも解放された

 

このまま学校とは無縁の生活を送る娘達

義務教育を受けずに成長した子どもは

どんな風に育っていくのか・・・

 

どんな風に育っても

私の娘は娘

それだけで十分😊

かまわんよ!

 

実験だ~!

楽しみだわ🤩

なぜ中学校はカラーリングしてはダメなの?長女と考えてみた!

★中学校は高校受験の準備期間? 

カラーリングしてから長女は少し気が強くなってきた

不登校になってから言いたいことは言っていい

不満に思う事

疑問に思うこと

全て口に出していいと伝え

できるだけ自分の中にある考えや思いを

吐き出させている

 

今まで大人の顔色を伺い

周りに気を遣いながら生きさせてしまった償い

 

全てを受け入れる覚悟で

とりあえずなんでも押し出すよう

促している

 

長女は私と似た気質なのか

外から武装するとどうも強くなるらしく

カラーリングしてから態度があからさまに大きくなった

口答えもする

 

それはちょっと都合が悪いときもあるが

でもこれが本当の長女なんだと

そのまま受け入れている

 

それが悪いとも思わなければ

それを直さなきゃとも思わないので

特別困った事にはなっていない

 

そっかこんな事がイヤで

おかしいと思うんだ

 

自分とは違う物の見方や捉え方をする娘の考え方が

新鮮で興味深い

 

そして長女への理解度が高まり実験物のように観察する

そんな程度の気持ちで捉えていた

 

直す理由がない分

私的には楽でしかなかった

単純に考察を楽しんだ

 

大人の顔色を気にせず

イヤなものはイヤ

おかしいと思う事はおかしいと

口に出せるようになってきた長女

 

不登校になってから1年以上が経つにもかかわらず

未だに次女と二人で学校の愚痴を吐き出すときがある

 

聞いていて少々笑ってしまう内容も多々あるが

些細な事に理不尽さを感じ

腹を立てている

その思いは未だに解決していないらしい

 

大人の言っていることと

取ってる行動によく矛盾を感じ疑問を抱く

それを押さえ込んでいたのが

反動であふれ出ている感じ

 

以前は次女がマシンガントーク

あれこれぶちまけていた

今は長女も負けないくらいぶちまけている

 

長女は自分がカラーリングすることで

心が強気になっているのを

実感している

 

それが心地よく私と似たような感覚になっているようで

それを自覚させるよう言葉として私は表現している

 

外から武装することは悪いことではない

ないものを補いそれを使って戦う事は正当だ

 

武装することで私もあなたも強くなれる

そう感じているんだよと伝えた

 

楽しくて毎日がHAPPYになれるなら

こんないいアイテムを使わない手はない

カラーリング効果は長女にとっても効果が良かった

 

ただここで疑問が生まれた

 

カラーリングすることで前向きに元気になれる

自信の少ない長女に取っては効果的なアイテム

だけど学校はこのカラーリングを校則で禁止している

 

心が強くなり自分に自信が持て

堂々と生きられる

HAPPYになれるアイテムなのに

なぜ学校は禁止するんだろう

 

???

素朴な疑問らしい

 

そして

そもそもなぜ校則というものがあるんだろう

 

制服でも持ち物でも一つ一つ決まりがある

その決まりを作り守らせる理由がなぜ必要なのか

 

『カラーリングってこんなに楽しいのに!

不登校じゃなきゃ出来ないなんて勿体ないね』

 

『もっとみんな自由でいいのにね

校則なんて作らなくてもみんないい子達なのにね』

と残念がっていた

 

私と長女から見れば

最初から子ども達には問題があり

ルールを作らないとまとまらないと決めつけているかのよう

端っから信用されていない感じがした

 

私は自分が学生の頃

校則を理由にカラーリングをさせてもらえなかった

 

高校までは校則が存在し

それに反すると進学出来なくなるため

校則を守ることは絶対だった

 

よく学生時代が終われば自由

それからカラーリングを楽しめばいいとも言われたことがある

 

でも学生時代が終われば次は社会人

社会人として会社という組織に所属すれば

またルールがある

 

ということはそれこそカラーリングして楽しむ時はなくなる

 

長女と二人で

いつ人は自由になれるんだろうね

って笑って話していた

 

簡単に可愛くかっこよくなれ

自分に自信が持てる

私達みたいに外から武装してテンションが上がる人だっている

 

それの何がいけないんだろう?

 

以前は金髪=ヤンキーなんてイメージがあった

だからカラーリングするだけで

品がなくなるように感じたのかも知れない

 

でも私は大学生の時にカラーリングしていて

知っている

 

カラーリングしているからといって

怖がられたこともないし

ヤンキー扱いをされたこともない

変な人に絡まれることもない

 

どちらかと言えば人が寄ってきてくれて

コミュニケーションを取りに来てくれる

 

カラーリングしたからといって

人から差別を受けたり

イヤな扱いを受けたことは一度もない

 

要するに問題なのは

カラーリングしているからイメージが悪くなるわけじゃなくて

そもそもその人の持っているイメージが悪いから

カラーリングを理由に持ち出される

 

ならカラーリングしてたって

元気で明るくて勉強熱心であれば問題ない

かのようにも感じるが

残念ながら学校はそうもいかない

 

”類は友を呼ぶ”

カラーリング=品、素行が悪いと誤解され

それらが伝染する要素は排除される

 

高校受験にはカラーリングなんてもってのほか

風紀を乱す要素は高校受験を控えている子達にとっては

目障りになる

 

この考えは少なからず娘達が不登校になる前の私に

持っていた考え

 

親になるといささか矛盾した考えや対応になる

自分はいいが子どもはダメ

そんな態度が娘達にはバレていた

 

 

長女が中学に上がる前

学校の説明会があり校則についての説明を受けた

 

その時学校側は

中学校の3年間は高校へ進学するための準備期間

だから制服も髪型も細かく校則によって規定が設けられ

それに従うように

 

でもみんながみんな高校へ進学するわけではない

専門学校や就職いろんな方向へ進んでいいはずなのに

なぜ高校へ進学することをベースに校則が設けられているんだろう

と 不思議だった

 

要するに私から見れば

コントロールしやすい環境を学校側が作りたいだけ

先生達の支配下に子ども達がいる状態が望ましい

そんな風にしか感じられなかった

 

長女からすればみんな高校受験のことなんて

頭ではちゃんと分かってる

 

その時期が来ればそれなりに適した行動を取る

受験に髪の毛を染めていることが良くないなら

黒に染め直し

受験モードになる

みんなそれぐらいのことちゃんと分かるよ

 

それを分からないと思って

最初から大人がルールを作ってコントロールするから

学校がつまらなくなる

そして楽しめなくなる

 

カラーリングを覚えた長女は笑って

この髪の毛なら絶対学校行けないねって

ちょっと勝ち誇った表情

 

確かにその頭では学校へは行けない

先生もおいでとは絶対に言えない🤣

 

カラーリングした直後

担任の先生への態度も少し変わった

堂々と話すようになった

 

言葉数も多く会話のキャッチボールも多くなった

 

先生も奇抜な色なため

かなり(*゚∀゚)びっくりしていたが

きれいだねって楽しんでくれ

いろいろ話を振ってくれた

 

『どうしてその色なの?

推しのキャラクターでもいるの?

どうして毛先だけなの?』とか

ちょっとした話題提供になって

会話が弾んだのを覚えている

 

友達にもLINEで写メを送っていた

 

写真自体もあまり撮りたがらない長女

それでも

私の自撮りに喜んで参加し

二人の写真が何枚か撮れたのでその流れで

そのテンションで友達に写メを送って

反応を楽しんでた

 

友達は素直にきれいだねって楽しんでくれ

長女もうれしかったよう

 

長女は自分でカラーリングすることを決め

自分で自分をコントロールし始めた

 

自分をコントロールできるのは自分

それが本当のあるべき姿であるべき状態

 

カラーリングだけじゃなく

これからどんどん自分のペースで

自分をコントロール

その快感を身につけ覚えていく

 

外見で言えば

メイクもすればいいし

ネイルもオシャレもすればいい

 

カラーリングもどんどんやって

可愛いい自分を探しに行け!

 

私は自信を持てる生き方を

自分なりに見つけて欲しいと考えている

 

それが常に上機嫌を保つことに繋がり

上機嫌が上機嫌な現実を連れてくると信じている

 

暗くてめそめそしている奴

常に不平不満を言って怒ってる奴には

暗くて不平不満を言いたくなるような現実しか

やってこない

 

そう思ったら上機嫌でいられる方法を常に探し

それを維持し続けることに集中した方が世の中上手くいく

長女にとっていいことしか起きないに決まってる

 

楽しいことを考えて楽しいことをして

楽しい現実をどんどん呼び寄せる

 

今はそれがゲームだったり

大人から見たら遊んでいる行為で

一見、心配になる姿かもしれない

 

でも極端な話

遊んでいられるうちにこれでもかっていうくらい遊んで

楽しんだ奴の方が

人生楽しむ方法を絶対的に分かってる気がする

 

ルールに縛られ我慢の連続の先には楽しさは待っていない

それを大人が勘違いしてるから

我慢を強要さたがる

 

我慢の先にはまた我慢が上乗せされるだけ

最終的に疲れ果て

全てを投げ出すのがオチ

その投げ出した後には抜け殻しか残らない

 

そうならないために

とことん好きなことを探し

楽しいことを知る

 

私は久しぶりのカラーリング後

2ヶ月しか経っていないのに

あっという間に色が抜け落ち

栗色になってしまった

 

それはそれで可愛いんだが

私は可愛いよりカッコいいが好き

だから再チャレンジ

 

今度は長女と同じ色にしてと注文

だけど・・・

何か違う・・・

結局長女より濃いブルーになり

またしても明るさによっては黒に見える😱

2度目のカラーリング、再チャレンジ!

光の当たり具合で派手になるんだけど・・・

 

でも実は長女の推しのキャラの髪色が私の色だったらしく

かなり羨ましがられた

 

同じ色を入れても髪質によってかなり色が変わってくる

まぁこれはこれで色の変化を長く楽しめそうなので

まずまずの満足

長女と同じ色を注文したのに・・・

かなりファンキーな親子になった

これはこれで楽しい🎶

 

でももっともっと自分の最高を探したい

そしてその前にお金稼がないと

カラーリング代が・・・もたない

母のご機嫌が伝染した 長女もカラーリングに挑戦!

★母のご機嫌が長女を刺激した

ずっと疎かにしていた自分の身なりをケアするため

5年ぶりに美容院へ行った

 

学生時代の自信に満ちた強気な自分が

外見からのエネルギーで形成されていることに気付き

またあの頃のような強気な自分に会いたいと思い

ずっと訪ねなかった場所へ

ようやく自分から出向くことができた

 

自分でも気付いていなかった自分への壁

知らないうちに私はいろんな壁を勝手に作りあげ

自分で自分の機嫌を損ねるのが得意になっていた

 

専業主婦は

妻は

母は

こうあるべき

 

全てを口にして言葉にして発していたわけではないので

自分の中にそんな壁が形成されているとは気付かなかった

 

今思えば

容姿、身なりに対しても”こうあるべき”という形がある

それがなんなのか考えた

 

私の中にある 母&妻 のこうあるべき姿は

私の母の姿だった

 

私は知らず知らず 

自分の母親に似た言動、行動を取っていた

 

母はいつもノーメイクで髪もさほど手入れをしていない

身にまとうものも安価なもの

自分の価値はその程度だと言わんばかりに

普段身につける物は安物ばかり

 

まぁ想像はつくかと思うが

精神疾患の母親なんて身なりに気を配るほど

エネルギッシュではない

 

躁鬱の躁の状態でなければほとんど行動しないので

身なりはどちらかと言えば”みすぼらしい”

だらしない姿が普通

 

気付けば私も普段の姿は安価なものばかり

自分にお金をかけるのは勿体ないと感じ

そんな身分ではないと自分で自分の価値を落としていた

 

無収入の自分には価値がないと思い込んでいる

自分の親の姿を見て真似てしまっている

 

潜在意識のレベルで刷り込まれている

専業主婦の女は無価値で身なりを整える身分ではないと

 

一体いつの時代の考えなんだろう

つい笑ってしまった

 

こんな時代錯誤な考えは

我が家だけなのか

親と同居すると思考はいつまで経っても古いまま

 

新しい時代への波に乗りたいのに邪魔される

そんな感覚が強い

 

我が家も主人と娘達の核家族で生活していれば良かった

新しい波が来たときすぐに乗れるように

身軽にしておけば良かった

 

そんなことを悔やんでも始まらないので

今はこの思い込みに気付いた=打破する

 

私が知らず知らず刷り込まれていたように

娘達にも刷り込まれてしまう

 

子は親の背中を見て育つ

こんな低レベルな考えは

さっさと捨て去らなければ

 

いずれ娘達も将来

自分で自分の価値を下げる行動を取ってしまう

私が母親の姿を映し出しているように・・・

同じようになる

 

はぁ悲しい現実

自分の母親を低レベルだと言い

母親のようにはなりたくないと嘆いている

 

でも仕方ない

しょうもない存在に母はなっている

まったくリスペクトできない

これが目の前にある現実

 

なんだか酷い言い方だが

これを母親に対してそんな風に思ってはダメ

そんな風に蔑んで見てはダメ

なんて考えていると

 

いつまでも現状から脱却できない

だから

私は自分の母親を見下す許可をだし

毒を吐きまくっている

 

だって単純にイヤなんだ

同じようになんてなりたくない

 

私に無価値の存在を植えつけている張本人でもあるわけだから

これは断固として甘んじてはいけない

 

たぶん母も自分は我慢して

家族へっていう気持ちがあったんだと思う

 

最初から精神疾患だったわけでもない

そりゃ要素は持っていたかも知れないが

 

でも今なら分かる

親であろうと妻であろうと

なんであろうと

 

誰かのために生きちゃダメなんだ

家族の為に自分だけ我慢すればいいなんて考え

自分を大切にしないから

誰も大切にはできない

 

私は自分の好きなことを今ガンガンやろうとしてる

わがままな行為かもしれないが

私がわがままを貫かないと

他人の家族のわがままを理解できない

 

だからなりたい自分になって

やりたいことやるって決めた

 

自分の為にも娘達の為にも主人の為にも

私は毎日元気で太陽のように

笑って暮らして生きて行くために

わがままになる

 

不平不満を並べて何も行動しない

両親のようにはなりたくない

 

だから私は変わりたいと思ったら

即行動!

失敗しようが転けようが何でもいい

気にしない😁

 

この行動できること

動き出そうとするマインド自体が

自分への自信にも繋がってきた

 

たった少しの行動で自分を肯定でき認められる

少しずつ心が満たされる

 

私は娘達に

『美容院へ行って変身してくるね』と宣言

そして

自分のなりたい姿になって帰宅

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

超がつくほどルンルン

速攻で娘達にヘアースタイルを見せびらかす😏

 

どう?どう?どう?

 

 

私が美容院へ行くこと自体が珍しく

次女は髪型を変えると言っただけでも

何故か嫌がった

 

そしてカラーリングしてくると宣言すると

『え~、今のままがいい』

って心配そうな顔

 

次女は変化に少し敏感でいつも変わろうとすると

少し抵抗する

 

いつもなら次女の反対を自分へのいいわけに使い

変身の先の伸ばしを繰り返してきたが

今回はそうはいかなかった

 

次女の反対は軽く交わし

『ママが太陽になるためにきれいになるから

ちょっと待って見ていてね』ってお願いした

 

私が私らしく笑顔でいられるため

自分らしさを取り戻すため美容院へ行く

 

絶対変身したママも気に入るから大丈夫

嫌いだったがっつりメイクも私の表情と共に慣れた

だからヘアスタイルもきっと慣れるよ

そう言って私自身にも逃げださないよう言い聞かせた

 

さすがに長い間カラーリングをしていなかったことと

年齢的に頭皮が傷み過ぎてハゲたらどうしようかなって

本当はめっちゃ心配だった

 

さすがにハゲるのは困る

その後が大変だ・・・

 

ってめったに起こらないだろうことを想像して

そわそわもしていた

 

でも実際はなんともなかった

ハゲなかった

本当よかった😌

本当にこれだけはかなり心配だった

 

美容院でちゃんと頭皮ケアをしてもらいながら

2回ブリーチしてカラーリングしてもらった

だから頭皮は無事

 

そんな安堵と私のご機嫌の状態で家の中は元気になった

心なし嫌がっていた次女は

私の髪を触り『きれい~』と喜んでくれた

 

次女はきれいな物が好き

美容院から帰った直後の髪の毛はしっかりブローもしてもらい

ケアされた状態なので一番いい状態

 

もうしっかりパシャパシャ自撮りしていた😆

それを長女が見ていて一言

 

私もカラーリングする

 

えっ!

 

とりあえず軽く

『やろやろ!楽しいよ!』って流した

 

本当はめっちゃうれしかった

でもあんまり私がはしゃぐと怖じ気づいたりしそうで

なんとなく『いいね~』ぐらいしか言えなかった

 

きっとその場の雰囲気で出た言葉だろうなって思ったから

 

でも実際は違った

長女は本気だった

 

押しのキャラクターと同じ髪色に染めたいと言いだし

美容院へ行く気満々だった

翌日には

『いつ行くの?』って催促された

 

生まれてこの方一度しか美容院へ行ったことがない

美容院でおとなしくしているのが退屈で

私以外の人に髪の毛を触られるのがイヤだと言い

一度しか経験がない

 

その一回も小学2年生の頃かな

きれいに整えてもらえば美容院の魅力が伝わるかと思いきや

あの時は上手くいかなかった

 

だからずっと長女の髪は私がカットしてきた

そんな美容院嫌いなはずなのに

自分から髪を染めたい

美容院へ行きたいと言い出した

 

気持ちが変わらないうちにと思い

慌てて予約

 

そして長女も初のカラーリングに挑戦!

 

美容師さんは長女が中学生と言うこともあり

カラーリングしても大丈夫かと尋ねられた

 

まぁ普通そう思うよね

でも私は『不登校児だから大丈夫!学校行かないから問題ない』

と笑って伝え、構わずやっちゃって!とお願いした

 

染めたいカラーの色も

普通の茶色 とは言わないから

ちょっと(*゚∀゚)びっくりしてた

 

長女の押しのキャラクターはブルーらしく

きれいなブルーにしたいって注文

 

それでブルーの発色のいい液剤を使ってもらい

カラーリングしてもらった

 

隣でカラーリングしてもらっている姿をパシャパシャ

カメラで撮りながら2時間ぐらい付き合った

 

まぁびっくりするぐらいきれいな色に仕上がり

私のパープルの頭より断然派手

負けた・・・

でもこれブルーじゃないよね・・・

グリーンじゃない?

 

でも長女のすっごく喜んだ顔が可愛かった🤩

自分の髪を見て触ってかなりのご満悦!

その気持ちよく分かるよ

 

カラーリングって楽しいよね

気持ちが前向きになるよね

やらないなんて勿体ないね★

 

学校へ行かないことで出来たメリット!

私と長女はかなりカラーリングを楽しんでる!

 

でもやっぱり正直長女の期待していたブルーではなかったらしい

それでも変身できたことを楽しんでる🎶

 

これから色が抜けることでまた色も変化するから

その過程を”楽しもうね”って

長女と二人で今も楽しんでる最中です🎶