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過干渉でネガティブ思考の父はどんな愛着スタイルなのか?

★親が二人いれば愛着スタイルも二通りある

今家庭内が分離している

2つの家族が一つの家に一緒に住んでいるんだから

2通りの家族のライフスタイルがあっていいはず

別々のスタイルが存在していても不思議ではない

 

なのになぜか一緒に暮らすと

1本化するのが当たり前なような雰囲気が漂う

そしてそれが当たり前なような感覚が根っこにある

そこには年功序列みたいな雰囲気があり

上の世代に合わせるのが道理みたいな価値観が存在していた

それが今娘達の不登校を機に亀裂を帯びてきた

 

◆◆◆もくじ◆◆◆

最近の私と両親

最近私と両親の関係がすこぶる悪い

一緒に生活しているのが本当に苦痛だ😔

ではなぜそんなに苦痛を感じるようになったのか

 

それは愛着障害を学び

自分がどうやって育ってきたのかを知り

自分の性格考え方が親によって

いろんなメンタルブロックを作り上げられていることを知った

 

単純に親のせいにしている・・・

 

今までいろんなことに苦手意識を持ち

頑張ることをしてこなかった

そして何かと言い訳を見つけて逃げてきた

要するに挑戦してこなかったわけだ

 

でもそれが自分の幼少期に

適切に親が自分に向き合ってくれていれば

私は世界を安心した場所と認識し

自分を信用し信じ安全な土台をベースに

多くのことに挑戦し

そして失望を乗り越えながらも

人生を楽しめる大人に育っていたのかもしれない

そう考えると

 

コノヤロ~としか言い様がない

 

よくもそんなぞんざいな扱いをしてきたな

ふざけた育て方をしてきたな😡

 

いろんなことを妥協し出来ない自分を責めてきた

悪いのは私ではない

腐った親が作り出したマインドが私の挑戦を奪っていたんだ

私の未来を奪っていたんだと分かった時

とてつもない怒りしか残っていなかった

 

とてもじゃないが

今まで育ててきてくれて”ありがとう”

なんて言葉は絶対言いたくない

 

どちらかと言えば

こんな親の元でよく頑張って私は生きてきたねって

えらかったなって褒めてあげたい

 

今そんな気持ちでいっぱいで

親の顔を見るのも声を聞くのもイヤだ

イヤイヤが止まらずほぼ無視

 

とろあえず全て親のせいにして過去のことは過去として

捉えるしか今の私が平常心で居られる方法はない

 

そして今からは自分ですべてを背負い

生き直すことを決めた

 

といってもそんな大げさなことではなく

普通に生きられる

よくよく考えたら親なんて居なくても

自分たちで生活は出来ているし

困ることなんて何一つない

 

なんなら困ることよりも

勝手に植え付けられた親の価値観

これをを背負わされていることの方が

数倍も問題だ

 

だから過去は過去で捨ててしまい

これからを考えたい

 

今まで無意識の中に根付かせていた壁

言わばメンタルブロック

 

親が私に植え付けた親の価値観

当たり前・常識だという感覚は

もういらない

時代遅れだ

 

だから私は自分の中でイヤだなと思う感覚

抵抗感が生まれる感覚

ざわざわする感覚

それらを全て自分の頭で一度考え直すようにし

自分の価値観で判断する癖を身につけたい

 

そんな私は今

生き直し、やり直しをしている

その私の周りでそれを邪魔するかのように

ネガティブなオーラを放つ父

 

馬鹿みたいにため息ばかり

自分は不幸だ、自分は運が悪い

自分の悪いところは探さずひたすら周りに原因探しをする父

 

変化の苦手な父はずっとひとりぼっちで

ずっと同じ暗いさみしい部屋の中にいる

いつまでも闇の中から抜け出せない

 

父の愛着スタイルを理解する

愛着スタイルには4つのタイプがある

健全な愛着スタイルは『安定型・自由形愛着』

この愛着スタイルで育ってきた人は人生が豊かだ

 

私は母に似ていて

回避型・拒絶型愛着のスタイルを持ち合わせている

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

いろんなことを回避する癖があり、痛みを避けるため無関心になる

とは言え完全なる無関心とまではいかない

過干渉な時も度々ある

 

愛着とは特定の親との間で形成する

ということは

親が二人いればもう一つ愛着スタイルも形成しているはず

 

大部分は母の『回避型・拒絶型愛着』を受け継ぎ

残りは少ないかもしれないが

父の愛着スタイルも受け継いでいる

 

では父はどんな愛着スタイルの人間か

自分の性格・行動パターンを重ねれば

自ずと父の愛着スタイルも見えてくる

 

私の父の愛着スタイル

このストレンジ・シチュエーション法

赤ちゃんが母親と引き離され一人きりで慣れない部屋に残されたとき

何が起こるかに注目した実験

部屋を出て行く母親を目にするストレスに子どもはどう対処するか

母親が戻ってきたときにどう反応するかの実験

これに当てはめるのは

さすがに無理があった

 

父に自分の幼少期を思い出して想像してみてもらっても良かったんだが

今は仲が良くないのでこの方法で父の愛着スタイルを判断することはしなかった

 

それよりも大人になったときの愛着スタイルから

どの愛着スタイルが父らしいか考えてみた

私の結果は

『葛藤型・とらわれ型愛着』この愛着スタイルだ

葛藤型・とらわれ型愛着
葛藤型愛着の子どもの心

葛藤型の子どもの親は

細やかで敏感な反応をするときもあれば

しないこともある

 

要するに子どもの要求にすぐに応えてくれる時もあれば

親自身のストレスや感情に左右され

要求に応えないときもある

これがいわゆる一貫性のなさ

 

この一貫性のなさが

親を信頼できるかという大きな不安と葛藤を引き起こす

よって常に緊張状態で気を緩めることが出来ない状態にあり

それがいつしか

『自分には一貫してそばにいてくれる人はいない』

と思うようになる

 

親の一貫性のない対応で子どもの内面は混乱する

母親と身体的に触れあっていても安心感を抱けない

ということが起こってしまう

 

自分が目を離すと母親がいなくなってしまうかもしれない

という思いから、注意をそらすことを怖がってしまう

そして親への繋がりを欲した愛着行動が肥大化される

 

回避型は親を無視するという愛着行動なのに対して

葛藤型はその逆で泣いたり叫んだりして注意を引く感じだ

 

葛藤型の子どもがとらわれ型の大人へ

葛藤型の子どもは

気まぐれな親に寄り添われたり

寄り添われなかったりしたせいで

波風の絶えない生き方になる

 

そして子どもは細やかな対応やつながり

心の調整などについて親を頼れないことを学んでしまう

 

親の一貫性のなさが

親だけではなく世界との関係にも大きな不安を抱え込む

そして親密な関係に安心感を抱けず大人になる

 

葛藤型愛着の子が成長すると

『とらわれ型愛着』へパワーアップする

 

とらわれ型愛着の人の特徴

この人達は大人になっても過去に悩まされたり

とらわれたりして、人間関係や感情に過度に執着する

だから人間関係が激しい情緒不安定と大きな不安に満ちている

 

この不安から顔と感情に注意が奪われすぎため

人目を気にしすぎる

ただこの行動は他人から見ると

愛情に飢えているかのようにも見えるらしい

 

そして

・大切な人に対する態度が上手くコントロールできない

・日常的に怒りや憎しみ、ネガティブな感情に身をゆだねている

・感情の爆発を恥じて自己が混乱しまわりの世界に対して極端に消極的になる

 

もうすさまじい不安の渦に飲み込まれている印象

この不安を回避するために過干渉になってしまう

 

小さい臆病な子犬がキャンキャン鳴いて

不安を追い払うかのよう

 

私の父は何事にも不安で

一時も悩むことをやめない

問題がなくても次から次へと引き寄せてくる

そして常に自分が中心でいたく大事にされていた気持ちが強い

 

たぶん幼少期に体の弱かった母親に

父が求める愛情は与えてもらえなかったんだろう

だからいくら大事にされているときがあったとしても

その求める母親が目の前からいなくなると

不安でいっぱいになる

常に隣にいないと不安定

 

それが今でも続いている状態

私はそういった常に追いかけ回すタイプではないので

ちょっとこの不安はよく分からないが

 

父と母の関係を見ていると

回避型・拒絶型の母と葛藤型・とれわれ型の父では

上手くいかないのがよく分かる

 

私の課題は自分のことだけ

他人は変わらないし変えられない

 

愛着障害が原因で

母の精神疾患も母と父の関係の悪さも

全ての根源は愛着障害からきていると説明しても

理解しようとしない

 

両親にとって自分が変わるという概念はない

常に誰かがなんとかしてくれる

自分を理解して分かってくれる

寄り添ってくれる

そう人事ているかのように

現実を受け入れない

 

親であろうと子であろうと

私の問題ではない

私が出来ることは自分の価値観を

これから少しずつ『私らしく』育てること