何を食べたかで人生が変わる  

毎日こころ豊かに グルテン・カゼインフリー 米粉・大豆粉・オートミールに助けられて生きている

親がやりたいことを我慢して生きてきた 子どもへの不安は自分への不平不満が原因

★不安や不満の本当の原因・・・

娘達にイライラする瞬間

それは”暇”そうな姿

”退屈”そうな姿をしているとき

私はイライラする

 

でもこれは娘達に限ったことではない

主人にも両親にも他人にも

ボーっとのんびりしている姿を見ると

うらやましいと言うよりはイライラする

 

なんでだろう?

なぜだらだらしてくつろいで

暇な時間を過ごしている姿にイライラするんだろう

 

娘達の”暇”そうな姿を見ていると

やきもきせずにはいられない

 

せっかくなんだから何かすれば良いのに・・・

みんなとは違う時間の使い方が出来る生き方を選んでるのに・・・

こんなにも時間がいっぱいあるのに・・・

いろんなこと出来るはずなのに・・・

なぜ動き出さないんだ😡~

 

っと渇を入れたくなる

今日この頃・・・

 

だらだらしている

のんびりしている

我が子と一緒にいることは

正直つらい・・・

これしかない

 

この姿を見て何も言えない

何も言ってはいけない

そう頭で分ってはいるけど

 

将来が不安になり

このままで良いのか

この状態がいつまで続くんだ?

なんて考え出すと

不安の渦に飲み込まれるのは

一目瞭然

 

そしてこの感情で発する言葉は

全て私の不安を取り去るためのもので

娘達を思っての言葉ではない

 

まぁ取り去ってもそれは一時的

またすぐに舞い戻ってくる

 

少なくとも受け止める娘達は

自分達のことを心配して言ってくれているとは

一ミリも思わない

だから事態は悪化するだけ

 

不安なのは親の私であって

娘達ではない

 

だらだらしている自分の姿に

不安だと感じていたら自ら動き出すはず(たぶん)

 

先回りの行動

過干渉の行動

それは全て私が自分を安心させるためにやっていること

娘達のためだと思っていたが

ただの勘違いだった

 

なんてひどい話なんだ

でもこれが普通だった

 

私の親も同じことを私にしていた

自分達の不安を取り除くために

私のためにと助言する

 

娘達を通して両親の姿、感情を理解することは

とても皮肉でこれもまたつらい

 

残念なのが両親も私も自分達の不安が

先回りや過干渉といった行動を

引き起こしていると自覚がないこと

 

悪気がないから仕方ない

でもそんな言葉では片付けられない

 

だって私自身がその言葉で丸めこまれ

身動きが取れなかった

いろんなものを奪われた

そう感じずにはいられなかった

知らなかったで済まされたくはない

 

だから娘達の姿が

私の理想の姿ではないとき

私はぐっとこらえるしかない

 

自分の不安を解消させるために

娘達を無理矢理動かそうとしてはいけない

 

学校に関しても同じこと

以前の私は必死で娘達を学校へ行かせようとしていた

 

熱がない限りは学校を休むなんてさせなかった

まぁ単純に家に居られると邪魔なだけ

自分のやりたいことやらなきゃいけないことが進まなくなる

 

そして動きが止まると次動き出すのに

大きな力が必要になる

だから止まりそうになると背中を押して

無理矢理動かそうとする

 

なぜならある日突然完全に動かなくなってしまうんじゃないか

止まってしまうんじゃないかと

そんな不安が頭をよぎるからだ

 

要するに休み癖がつくと

ずっと休み続けるんじゃないかと

不安になるということ

 

だから不登校になる前でも

ちょっと休憩したいなぐらいでは休ませなかった

休ませても条件付きだった

『今日休んだなら明日は行くんだよね?』

そんな風に条件をつけて休ませることはあった

 

単に娘達を信じられなかった

待ってあげられなかった

 

ちょっと休憩すればすぐに回復して

また動き出せたかも知れないのに

休憩させずにがんばらせすぎたため

オーバーヒートさせてしまった

 

もう終わりだ

そう簡単には元には戻らない

壊れないと故障しないと気づけないなんて

何を見ていたんだろう

 

理想ばかり追い続けて

肝心の娘達自身を見ていなかった

側にいるけど求めているのは

ありのままの娘ではなく

周りが良しとする子ども

そんな子どもを求めていた

 

不安って言葉がいろんなものを作り出す

簡単に現れて簡単に使ってしまうけど

できるだけ使いたくない言葉

 

この言葉のおかげで

いろんなものが見えなくなり

いろんな幻想に振り回されてきた

 

そしていろんな感情が溢れだし

いろんな誤作動が発生する

 

学校の勉強もやらないと不安

出来ても出来なくてもとりあえずやっていれば安心

理解しているか理解していないかは

二の次

勉強は手段であって目的じゃない

 

最悪なのが勉強が不安をカモフラージュするための

目的になっている

私は今まで勉強に対して深く考えたりしなかった

みんながするからする

みんなが学歴を欲しがるから自分にも学歴が必要なんだ

だから学歴を手に入れるために勉強するんだ

 

でも実際学歴を手に入れて

私はやりたいこと

好きなこと

自分の持っている学歴を使って本当に欲しい物を

何か手に入れてきたんだろうか?

 

仕事を選ぶときには学歴は強い味方になる

学歴自体が有利に働く場面もあることは知っている

でもその学歴のおかげで要らぬプレッシャーも併せて背負うときもある

 

はたまた学歴がないと本当に仕事に就けないのか

募集要項に掲げてある基準を元に仕事を探してはいないか

フラットな状態で自分のやりたいことに取り組んできたか

いろんな疑問が沸いて出てくる

 

学歴があるからこの仕事

学歴を持っているがために

この職種を選ぶのが当たり前

そんな選択の方法が染みついていた

 

持っていない学歴や資格が必須条件の場合

初めからその業界に飛び込もうともしない

となれば学歴や資格って

案外自分の視野を狭める要素にもなりうる

 

私が仕事を選ぶときの基準

・勤務形態

・給料

・通勤場所

・大まかな仕事内容

これぐらいを考慮して探し始める

 

なぜかそこにワクワク感やときめき感

楽しそう面白そうといった感覚が含まれていない

仕事なんてそんなもので

お金を稼ぐための手段

 

そしてその先はおまけ

やりがいや仕事自体の楽しさはあればラッキー

残念ながら働く目的を知らない

 

だからとりあえず働く

とりあえず自分を評価してくれる

必要としてくれる場所を探す

 

仕事は生活するためにイヤイヤするもの

生きていくために仕方なくするもの

そんな風に考えていて

自分の気持ちはそこには存在しない

 

私が幼少期に見てきた父の背中が

仕事とはそういうもんだと語っていた

だからそういう価値観が刷り込まれている

 

子どもの時はイヤイヤ学校へ行って

イヤイヤ勉強する

大人になったら生活しなきゃいけないから

またイヤイヤ仕事をする

このイヤイヤ感はいつまで続くんだろう

 

こんな親の背中を見て育つ子どもが

どうやったら親より幸せな生き方

生き生きとした生き方を送ることが出来るんだろう

 

妥協しながら生きる術を身につけさせておいて

どう幸せになってくれと言えば良いんだろう

 

ということは私がイヤイヤ生きていて

今も自分の満足いく満たされた生活を送っていないがために

私は娘達を通して自分の不平不満をぶちまけている

 

全てのモヤモヤ感、イライラ感

不安や不満は自分の中にある

全て自分が原因なんだ

 

不安や不満、満たされない感情が溢れていて

それを解消してもらおうと娘達に依存している

 

私が抱えている不安や不満に自分で気付かないために

勝手にモヤモヤ感の原因を娘達のせいにしていた

 

なんだそっか?!

 

娘達の姿を見てイライラが発生するから

あたかも娘達に原因があると思っていたけど

それは単なるきっかけで

本当は自分自身に不安や不満が溜まっているから

ダダ漏れてきてるだけ

相変わらずの八つ当たりだ

 

いつまで経っても私は自分のことを理解していない

まだまだ自問自答が足らないんだ

もっと自分と向き合う作業が必要なんだと

言われているのかもしれない

 

自分のことを知ろうとしないということは

この先の目的がわからないということ

目的が分からないから不安になる

 

本当に必要なのは勉強して学ぶことじゃなくて

自分自身に問いかけ自分を理解すること

 

自分の強み、弱みを知り

今までの価値観

脳の仕組み、脳の癖を理解し

どうなりたいか

どう生きたいかを自分に問いかけること

 

そしてそれをどう生かして生きていくかを考え

それに必要な学びを得ることが必要なんだ

 

思春期、反抗期の悶々とした日々

普通は子どもが大人へ成長する過程で

この自問自答を繰り返し経験する

 

この経験が自分を知るということでとても大切

この経験をしていない私からすると

これこそ必須科目だ

 

これは誰かに教わるものでもない

自分で体感して府に落とし込んでいくしかない

そうやって子ども達は大人になっていくんだ

 

私は思春期・反抗期を経てきていない

自分の強みも弱みもよく分かっていない

やりたいこと、好きなこと

それらよりも

 

やるべきこと

求められること

やったほうがいいであろうこと

これを優先にして生きてきてしまった

 

やりたいことに挑戦していないことが

不平不満を作り出してる

この不満を解消しなければ

いつまでも不安がつきまとう

 

ということで今片っ端からやりたいと思ったことに

手をつけているんだけど

沢山ありすぎて時間が足らない状態になっている

 

急にあれもこれもやりたいという状態になって

何から手をつければいいのかもわからない

優先順位がなかなかつけられず

いろんなことが中途半端になってしまって

その状態もなんだかイライラする

 

思春期とは複雑な気分だな・・・