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不登校で分かったこと・・・心のエネルギー不足は私の間違った関わり方が原因だった

不登校は心のエネルギー不足

心のエネルギーってなに?

なぜ心のエネルギー不足が起こるの?

 

不登校になる原因はいろいろあると言われる

きっかけは学校という場所、友だち、先生など

 

でも一番大きな原因は心のエネルギー不足

これが根っこにある

心のエネルギーが不足していると

いろんな事に立ち向かえないということが起こる

 

他の不登校児に実際に合って話したことはないので

あくまでこの考えは私の体験と我が家のこと

 

 

ではなぜ心のエネルギーが不足してしまう状態が生まれるのか

それは

心のエネルギーを充電するための家が安らげる場所ではないから

 

要するに

外で活動する、エネルギーを放出する

     ↓

家でゆっくり休んで無条件の愛情をもらい

エネルギーを充電し、満タンにする

     ↓

そしてまた外へ出て活動する

この流れが滞りなく行われていることが理想

 

子供は学校で常に新しいことを学び、常に競争という世界に放り込まれ

休むことなくカリキュラムが組み込まれ活動している

 

友だちや先生との関わり

いろんなことにエネルギーを使ってエネルギーが減った状態で帰ってくる

 

それでも

安全基地の家でエネルギーをしっかり補充できれば

次の日もまた学校へ行ける、外へ向かって飛び出せる

 

これがとても重要だということを知らなかった

そして考えたことがなかった

 

家は家族が集まる場所

清潔で快適な空間であれば家は家としての機能を果たしてると思っていた

 

よ~く考えれば分かることなのに

気づかなかった

 

家自体は雨風もしのげて生活する分には特別不備はない

 

なら何が足らなくてエネルギーが補充できない状態を作りだしているのか

 

足らないところと言えば

家族が集まる家がただの家という枠組みだけでしかなかった

心の安全基地にはなっていないということ

 

しまったΣ(゚д゚lll)ガーン

これかなり重要でないかい?

ここが足りていないから娘たちは不登校児になったんだ

 

この時初めて知った言葉

『心の安全基地』

 

不安や恐怖にさらされた時逃げ帰る場所

安心して傷を回復し休める場所

そして心のエネルギーを補充できる場所

これが心の安全基地

 

また心のエネルギーを補充する方法は

辛いことや不安なことを一緒に受け止め合い

頑張らない自分でいてもいい

条件付きではない無条件の愛情を注がれると

自然とエネルギーは貯まるらしい

 

これが私には欠けていた

 

はて?娘たちは

親からの無条件の愛を十分に与えられずに育ったのだろうか?

 

自分の行動を振り返ると・・・うつむきたくなる

 

無条件の愛・・・

『ありのままのあなた』

何が出来ても何が出来なくてもあなたはあなた

出来る出来ないは関係なくそこに存在するだけで価値がある

とっても大好きでとっても大切な存在

どんなことがあっても守りたい

これが無条件の愛というものらしい

 

正直生まれたばかりの幼児の時はこんな風に感じていた

無条件の愛で育ててきたつもり

でも少しづつ成長して大きくなるにつれこの思いは薄れていった

 

何が出来て何が出来ない

出来ない事を補うために埋めるように頑張ることを強いていたんだ

 

娘たちからすると与えられた愛情は条件付きの愛情だったため

娘たちは無条件に自分のことを見て欲しいサインを出した

 

思い返せば・・・・

ちょっとした節々に条件付きな態度や言動が混じってたこと

否定できない

 

しょぼん (´・ω・`)

 

『宿題を一人でやったのえらいね』

『テストでいい点を取ったの!頑張ったね』

『一人で用意ができたね,えらいね』

『ママを手伝ってくれたからご褒美に何か買ってあげるね』

『これをしてくれたらゲームを買ってあげるね』

など 何かをしてくれたから見返りに何かをしてあげる

 

こう言った声掛けが普通にされていた

 

どれも親が良しとすることをした時に

『えらいね、頑張ったね、すごいね』

などの褒め言葉をもらい

褒めてもらうには頑張らないといけない

そんな関係になっていた

 

正直そんなつもりはなかったんだけど

気づかないうちにそういった行動で娘たちに接していた

間違った褒め方の典型的なパターン

 

どうやら親が子供に無条件の愛を与えるべきなのに

我が家では親が子供から無条件の愛をもらっていたことに気づかされた

 

娘たちは私が体調不良で寝込んでて家事も娘たちの身の回りの世話も出来ない、

してもらえていない状態でも私を心配し慰めてくれる

 

私の出来ないところを咎めたりはしないのに

私は娘たちの出来ないところに注目してなんとかしなければと

もがいてた

そんな条件付きでしか愛せていなかった現実が

苦しすぎた 辛かった

 

どうしたら無条件で子供を愛してあげられるんだろう

こんな問いを自分に投げかけると

なんだか病んでくる・・・

 

 

こういったことの積み重ねが娘たちを追い込んだ

何かを頑張っていないとダメ

大人たちが良しとすること喜ぶことをしていないと見てもらえない

そんな雰囲気になっていたのかもしれない

 

娘たちの気持ちが置き去りになってた

何が大事なのか何を大切にしなければいけないのか

よく考えるきっかけとなった

 

この時参考にさせてもらった本がこれ

これは主人が娘たちにこれからどう向き合い接するかを学ぶため

ありのままの子供に対して親はどうあるべきかを学ぶために購入した

母親である私にも読んで欲しいと渡された本

そしてこの本をきっかけに不登校を前向きに捉えるいい機会にもなった

 

母親である私は一体どんな言葉がけをしていたら娘たちを潰さずにすんだのか

そしてこれからどんな言葉がけをすれば良好な親子関係につながるのか

私には学ぶ必要があった

 

低学年のうちは評価されることが案外簡単なので

問題ないんだけど

高学年や中学生になれば評価される基準が高くなり

評価されること自体が少なくなくなる

すると頑張っても成果をだせなくなるため条件付きの愛では行き詰ってしまう

 

そうでなくても常に何かが出来なければ認められない

振り向いてもらえないでは

愛してもらえていないと感じるのも無理はない

 

娘たちとの関わり方を変えることがとても大切で重要

そしてどこまでいっても母親の愛は絶大だ

人一人の人格に影響を及ぼす

子供を授かった時にこの重要性をもっと自覚するべきだった

今更ながらちょっと荷が重いが・・・

 

この本に登場してくる親たちは

私と違って我が子を丸っと受け止める器の大きい親ばかり

親が広い心で全てを包み込めば

子供たちはのびのびと幸せになれる気がした

そう信じて見習いたいと思った

 

こういったことは本当 誰も教えてくれない

 

私の母はいつも言ってた

『母親になるのも初めて、子育ても初めて

みんな手探りで子供と一緒に成長すればいいんだよ』

『育児書に頼るとまともな子に育たないよ』

そう言われてそれ以上考えなかった

なんとかなるのかなと思ってしまった

 

この母の言葉を真に受けた私が招いた結果がこれだ

 

確かに育児書通りの子育ては必要ないかもしれない

でも子供の発達や子供の特性

子供の行動の意味などそういったことを理解した上で

娘たちを育てていたらもう少し違った成長ができたかもしれない

 

大人が子供への接し方を学ぶ必要はあると思う

子供の心の成長の仕方

健全に成長するにはいったい何が必要なのか

 

この大切さをもっと早く知りたかった