何を食べたかで人生が変わる  

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『無気力』からの脱却方法 やりたいこと・やってみたいこと・欲しいものなんでもカモン!


次女の『無気力』は敏感期の代償だと気付き

スクールカウンセラーに確認

 

カウンセラーは私の考えは間違っていないという

概ね敏感期の頃の影響だろうと判断した

分かってはいたが、残念な結果

 

カウンセラーはそれでも

今からでもいいから

いろんな体験をさせてあげれば大丈夫だと言う

 

特別な体験でなくていい

家族と一緒に料理したり

掃除したり、ちょっとしたことを一緒にする

まずはそこからでいい

 

『学ぶ』ということの前に

『体験』という感覚自体が少なすぎる

あれやこれやとダメのオンパレードで

やりたいと願ってもさせてもらえなかった

 

その積み重ねでやることをやめてしまったよう

 

そんな次女にとって今必要なことは

『学び』ではなく『体験する』こと

まずはここから

 

次女が生まれた時には私の体調不良と家事に追われる毎日

次女とゆっくり向き合う時間はあまりなかった

 

次女が乳幼児の時には腰痛がひどく

抱っこすることもなかなかできず

主人がよく代わりに抱っこしてくれていた

 

次女の身の回りのお世話をすることで精一杯

家族で出かけて体験するということもあまりしてこなかった

 

小さな子どもを連れてのお出かけっては結構大変

日頃の睡眠不足や疲労で 休みなんて日は母親にとってはない

お出かけなんてものは億劫でしかなかった

周りのサポートがない限り出かけたいなんて思えない

 

そんな理由で次女に何もしてこなかった

そのツケが今来ています😓

まぁ仕方ないね

今はそう思うしかない

 

そしてスクールカウンセラー

学校の勉強はやりたくないなら

やらなくても問題ないとまで言う

 

勉強は無理やらせればある程度は我慢してやる

でも『不登校』ということは自我の現れ

そこへ無理に勉強させても親子関係を悪化させるだけ

 

今必要なのは『勉強よりも体験をさせてあげてること』

それが次女にとってはなにより大切だと何度も言われた

 

いろんな情報で勉強の必要性はあまり重要視されていないように

感じていた

それでも本当にそれでいいのかという疑問がくっついてた

 

将来のことはわからない

だから備えるんだけど

その備え方が無理矢理では本末転倒というわけだ

 

不登校になる前からよく聞かれていた

『なんでみんな高校へ行くの?』

『高校は行かなくちゃいけない所なの?』

 

小学校1年生の時ぐらいからこの質問はスタートしてた

親としては『やりたいことのために行っておいた方がいいよ』

これぐらいしか答えられなかった

 

それから次女は高校へは行かないと言いだした

その時はあまりその言葉の意味を追求しなかった

周りが受験を意識しだす年齢になれば

自然と次女も受験を考えるだろう

そんな風に軽く考えていた

 

でも次女の頭に中では

高校へ行かないなら中学校へ行く必要はない

中学校へ行く必要がないなら

小学校だって行かなくてもいいじゃん

 

そんな風に考えてしまっていて

勉強の必要性が絶たれてしまった

 

やりたいことや興味の湧くことがない

そしたら学ぶことすら必要がなくなってしまった

 

無理矢理の学びは次女にはもう無理だった

どこまでいっても誰かにやらされている感覚が付きまとう

苦しくてストレス以外何もない

 

だから敏感期の大人の手を借りずにひとりで物事をこなしてみたくなる時期

ここまで遡って次女が興味を示すものに出会わせなければならなかった

 

何かをやりたい、やってみたい

そんな気持ちに出会う必要があった

 

それに出会えれば

それをするためには何が必要で、どうしたらいいのかを

自分の頭で考える機会が得られる

すると

そこで初めて学びの必要性がスタートする

 

 

学校の学びはすでに答えが用意されていて

その答えにたどり着く方法や解きかたを学ぶ

あらかじめ用意された答えを導き出すやり方

 

次女はそれとは逆の発想

これをしたい

それにはどうしたらいいかを考え

自分なりの答えを作りだす

それには正解も不正解もない

その時期にあった次女の答えが出される

 

こういった考えをベースに

次女との生活、接し方は変わっていった

 

学校へ行くのもこれを知りたいから学校へ行く

高校へ行くのもやりたいこと学びたいことがその高校にある

だからその高校へ入るために中学校へ行き勉強する

 

そういった考えに結びつかない限り

学校へは戻らないねって笑ってカウンセラーは言う

 

私が学生の頃は選択肢を増やすために大学へ行けと言われていた

好きなことをやるために

やりたいことを選べるように学歴は必要だと

 

でも実際はたいして選択肢なんてなかった

やりたいことは二の次でただ学歴を取るために勉強してきた

やりたいことの見つけ方は教えてもらっていない

やりたいことすらやらせてもらえなかったから

学生を卒業した時にはもう遅かった

 

いざ好きなようにやりなさいと言われても

手持ちの札の中でできることを見比べるだけ

やりたいことも興味があることもなく

ただ何となく仕事してお金貰って

そのお金で遊んで生活してた

 

特別何にも疑問には思わなかったが

自分の力以上のことは挑戦しようとは思えなかった

挑戦しても無駄だ

できっこない

 

そんな感情が強くて特別努力して頑張ってきたことはない

だから自分には何もなかった

 

自分と同じではないにせよ

次女のやりたいことやってみたいことの気持ちがない虚しさは

私もよくわかる

だから敏感期の代償もすんなり受け入れられた

 

二十歳前後でこんな気持ちだったのに

次女は9歳でこの感覚を味わっているのだと思うと

切なすぎた

申し訳なさでいっぱい😢

 

でも過ぎてしまったことはどうしようもない

今できることをこれからを考えるしかない

 

よって次女にはいっさい勉強のとこは口出さないと決めた

これを正当化できるお墨付きを頂いたんだ

 

私はこれを自分自身に言い聞かせる

だってカウンセラーが言うならいいじゃん

めっちゃ強い味方じゃん

そう、これでいい!

 

正直次女の担任の先生も勉強はしなくていいよと言ってくれる

『ゆっくり休んで元気に笑って過ごしてくれればそれが一番ですよ』って

そう言われるたびに自分がすごくちっぽけに感じる

 

赤の他人である先生がこんなに大きく受け止めてくれるのに

すぐそばにいる親が子どもを信用しないなんて

ありえない

 

自分の考えを真っ向から変えなくてはいけない時期だと感じた

カウンセラーの言葉を信じて

私は次女に『勉強』という言葉を封印した

 

将来学力が必要になり助けてくれ~と頼んで来たら

その時助けてあげればいい

 

それまでは次女が興味を示すものを少しでも取りこぼさないように

しっかりアンテナを張り、興味がわきそうなことを

ちらつかせよう

 

何に心を動かすかは分からないけど

 

ずっとやりたいことを押さえつけてきた分

償う気持ちで取り組みたい

 

とりあえずはやりたいことって言っても何も浮かばないようなので

まずは欲しいものから少しづつ引き出してみよう

 

おもちゃでも何でもいい

触ってみたいもの

やってみたいもの

何でもいい 思いついたら教えてね

 

今の私にできることはこれぐらいしかない

いつでもあなたの味方だよ

そう伝えることしかできなかった

 

正直この言葉照れくさいです(*´▽`*)